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感染
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第10章 2 投稿日:2005/05/30(Mon) 23:13 No.84 
健一は、待ち合わせの場所へ向かう途中、ドラッグストアを見つけた。別に用事があるわけじゃなかったが、それをきっかけに、あることを思い出した。
「あっ・・・」
もし、みつとどうかなってしまう時、コンドームが必要になる、ととっさに思った。
そう思ったのは、この時が初めてではない。昨夜、家で気がついたのだが、万が一、家のコンドームが一つ減っているのを麻子が気づいた時、言い訳が出来ない。そう思って、持ち出すのをやめた。
店で買おうか・・・それもこっぱずかしいし、何より、レシートとか、買った証拠が何か残ってしまうのも怖い。レシートは捨てればいいし、注意さえすれば、どうってことはないのだろうが、健一にそんなゆとりをもった考えなど、出来るはずもなかった。
自販機で買おうか・・・買う一瞬だけ気をつければいいか・・・でも、俺はみつと会って何がしたいんだ?
結局、買わないまま、待ち合わせの場所へ到着した。
すると、みつがそこに立っていた。ブラウスにサマーボトムス、前とは違うスポーティな印象を受けた。
近づいていくと、彼女は少し恥ずかしそうに、微笑んだ。
健一は、そのおだやかな笑顔に心底ドキッとした。

第10章 3 投稿日:2005/06/05(Sun) 00:21 No.85 
「よう」
健一が声をかけた。
「こんにちわ」
「昼、どこへ行く?」
「何でもいいですよ」
「そう言いながら、提案すると『えぇ〜』とか言ったりして」
美津子は笑いながら否定した。

二人はスパゲティの専門店に入って、パスタを注文した。
「忙しいの?」
「ううん。この時期は子どもがいないから」
「そうなんだ」
「うん。本の整理が主な仕事になるかな」
「そっか」
「Kさんこそ、お仕事どうなんですか?」
「あまり変わらないかな」
「そうなんですか」
「学校の夏休みとは直接関係がないし」
そんなたわいもない会話をしながら、パスタを2人で食べた。

「この後どうする?」
健一は聞いた。あきらかにみつが動揺しているのが分かった。
それを見た健一も、目線をそらした。

美津子は、健一の質問に、ついどぎまぎしてしまった。
求められた訳でもないのに、想像してしまった・・・。
ふと、Kの方を見ると、目線をそらしてるのが分かった。Kも意識してるのかな・・・こんな私でも、女として意識してるのかな、と思うと、ちょっぴり嬉しくなった。そして、そんなことを喜んでる自分が滑稽に思えてきて、少し笑ってしまった。

第10章 4 投稿日:2005/06/06(Mon) 23:06 No.86 
「え?」
健一はそう聞き返したが、「ううん、何でもない」というみつの答えによけいにどぎまぎしてしまった。
何か、みつに見透かされているような気がしたのだ。
といっても、そこまでしたいわけでもなかった。今回も、何もないまま帰ってもかまわない。
ただ、このまま帰るのも抵抗があった。次にいつ会えるのか分からない。妻以外の女性に興味もある。しかも、自分を必要としてくれている感触があり、それが何とも言えず心地よかった。
ともすれば、抱きしめたくなる衝動に健一は駆られていたのだった。

何を考えているのかな・・・。
美津子は、Kの動揺を分析しようとしていた。
私としたいのかな・・・それを必死で隠そうとしてるのかな・・・迷ってるのかな・・・それとも、全然違うことを考えてるのかな・・・。
ただ、美津子には一つの確信があった。Kさんはこういう経験があまり、いや、全然ない人なんだ、という確信。
美津子自身も初めてだが、Kさんに手馴れたところが全然感じられなかった。
・・・だから、いいなあ・・・
美津子は微笑んで健一の方を見た。
「ずっとここにいる訳にもいかないし、出ませんか?」
「そうだね」
と言って、健一は伝票を持って立ち上がった。

「ごちそうさまでした」
「いや、いいよ」
健一は軽くそう言ったきり、その場を動こうとはしなかった。
「どうしたんですか?」
「いや、どうしようかな、と思って」
「とりあえず、歩きませんか?」
「そうだね」
二人は、微妙な距離を保ちながら並んで歩き始めた。

第10章 5 投稿日:2005/06/09(Thu) 22:09 No.87 
「どこに行きたい?」
「そうねぇ・・・」
美津子は、返答に困っていた。
Kさんに会いたいとは思っていたのだが、Kさんと何をしたい、というのがないのだ。
それなら、Kさんとしたいこと・・・。

「落ちついて、話が出来るところ、知りませんか?」
健一は、みつの返答に驚いた。落ちついて、話が出来るところ・・・。
「じゃ、さてんでも行く?」
さてん、とは、喫茶店の事である。
「いいですね!」
みつは明るくそう言った。

今はやりのセルフサービスの喫茶店に着いた。健一はコーヒーを、みつはレモンティーとミルクレープを注文して、バットにのせて運んだ。
「よく入るね」
「そう?」
「やっぱり、女の子は好きなんだね、そういうのが」
「そうかも知れませんね」
「うちの嫁さんも、甘いものが好きだったし・・・」
「仲いいんですね」
「いや・・・どうだろう・・・」
「だから結婚したんじゃないんですか?」
健一は、ふと、なぜ結婚したんだろう?と思ってしまった。

第10章 6 投稿日:2005/06/12(Sun) 00:39 No.88 
「まあ、仲が悪いわけじゃないんだけどね」
「はあ」
「職場恋愛、って言ってたやんか」
「そうでしたよね」
「まあ、その時は最善の選択だったと思うんだけど」
美津子は相槌を一瞬ためらった。
「・・・今は・・・どうなんですか?」
そう言って、美津子は息を飲んだ。純粋に答えを聞きたいのもあるが、ある種の期待のようなものをしてしまう自分に気がついて、言わないでおこうか、とも思った。
健一は、言葉を選びながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「職場と言う狭い世界の中で、出会う女性も限られてて、今の嫁さんを選んだけど、もっといろんな女性と出会ったとして、それでも今の嫁さんを選ぶか?と言われたら、自信はないなあ」
美津子は、黙っていた。
「もしかしたら、出会う順番が違っていたら、違う女性と結婚していたかもしれない」
美津子は、この答えをどう取っていいのか分からなかった。・・・その答えは、私を意識した発言なの・・・?
「それに・・・」
健一の独白が続いた。

第10章 7 投稿日:2005/06/13(Mon) 23:33 No.89 
「嫁さんとは、娘が生まれてからほとんど会話もないし、セックスもないし、ただ一緒に暮らしてるだけって感じがするねん」
美津子は黙ってうなづいた。
「嫁さんにとったら、俺と結婚した理由は、なんとなく嫌じゃないから、とか、収入が安定しているから、ってことじゃないのか、って思えてきて」
そうなんだ。結婚したから全てが幸せじゃないんだ。もちろん、当たり前の話だとは思っていても、特に問題がないように感じていたKさんのところにも、そんな悩みがあったなんて・・・。
「お互い、相手のことを、まあまあそこそこの人だからいいか、みたいな妥協があるんじゃないのかなって。嫁さんにとったら、俺じゃなくてもいいんじゃないのかな、って」
「Kさんにとっては?」
今度は健一が沈黙した。
しばらく、時間の流れが止まっていた。

やがて、健一が沈黙を破った。
「嫌いになったわけじゃないけど・・・」
「けど?」
「このまま人生が過ぎてゆくなんて考えたら、正直寂しい」

健一は、心境を吐露することで、自分の考えを整理することが出来た。そういうことだったんだ・・・俺は、男として、求められている実感がないことに、そして、それが一生続くのではないか、ということに、例えようもない寂しさを感じていたんだ。
ふと、みつの方を見た。今にも泣きそうな顔をしている。いい人なんだな、と思った。
そして、この人は本気なんだな、とも思った。

美津子の頭の中には、『もしかしたら、出会う順番が違っていたら、違う女性と結婚していたかもしれない』というKの言葉が響いて残っていた。
どうして、奥さんよりも前に出会えなかったのだろう・・・その思いでいっぱいになっていた。

第10章 8 投稿日:2005/06/15(Wed) 00:24 No.90 
でも、美津子には、Kにかける言葉がなかった。
どう言っていいのか、わからなかった。
ただ、Kさんをなぐさめたい・・・その為には・・・
「でも、結婚してるだけ、いいじゃないですか」
「えっ?」
今度は、美津子が独白を始めた。
「学生時代の友達のほとんどは、30までに結婚しちゃって・・・いくら晩婚化が進んでる、とはいっても、30過ぎると焦りますよ」
「でも」
「でもじゃないですよ。一人がどれだけ寂しいか、わからないでしょ?」

しばらく沈黙が続いた。お互い、こういう話の展開になるとは思ってもみなかったのだ。
みつの言う事もよく分かる。俺の苦しみなんか、ぜいたくを言ってるだけなのかもしれない。ただ・・・
「一人だから寂しい、というのはよく分かるよ。でも、相手がいて寂しく感じるのは、一人より辛いんだよ」
美津子は、頭をかちわられる思いがした。相手がいて寂しい。あなたがいるから寂しい・・・。
「必要とされてない」「私は!」美津子が健一の言葉を遮った。
「Kさんを必要としています・・・」
健一は目の前にいるみつの顔を、改めて見た。

第10章 9 投稿日:2005/06/18(Sat) 00:41 No.92 
「俺を?」
「はい」
「必要?」
「・・・はい」
健一は、ストレートなみつの言葉に、はじめは理解できずにいた。
でも、改めて真意がわかると、喜びや感謝とは少し違う、別の感情が胸をおさえていた。

美津子は、とうとう自分の気持ちを吐露してしまった、と思った。言いたかったというより、つい言ってしまった、という気分だった。
でも、後悔はしていない。むしろ、伝えられてよかった、という気持ちだった。
「もっと、Kさんのことが知りたいです」
「例えば?」
「本名とか・・・」
健一は、試されているのかな、と思った。あまりこの返事に時間がかかると、信用してないように思われてしまう。
「健一だよ。高梨健一」
本名を教えるリスクを十分吟味したとは言えなかったが、そうこたえていた。
「Kって、健一のKなんですね」
「そうだよ」
「私は、太田美津子。だから、みつです」
「なるほどね」
2人が、ネット上の知り合いだけでなくなった瞬間だった。

第10章 10 投稿日:2005/06/20(Mon) 00:18 No.93 
太田美津子、っていうんだ・・・。
健一は、目の前の女性を、初めて実社会にいてる知り合いのように感じた。
それと同時に、自分の本名を明かしてしまった、という思いもあった。
ふと、健一は美津子を凝視した。
美津子は俺の本名を知っている・・・そこから、その気になれば、仕事場から履歴書に書いてあるような事は、調べられるだろうし、場合によっては、家までたどり着けるかもしれない・・・。
でも、不安は思うほどはなかった。みつはそんな事しないだろう。
それ以上に、太田美津子という女性を知ったことに対する気持ちが高ぶって、どうしていいのかわからなかった。

健一さん・・・。
美津子は、高梨健一、という男性を知った喜びで夢中だった。
もっと、Kさんのことが、健一さんのことが、知りたい・・・。

喫茶店を出て、時計を見ると、3時前だった。
「Kさん」
「うん?」
不思議と違和感はなかった。本名を知ってても、お互いにとって、相手の存在は、Kさんであり、みつなのだった。
「この後、どうしましょうか・・・」
健一は、再び、行き先に困る事となった。

第10章 11 投稿日:2005/06/21(Tue) 22:51 No.94 
Kさん、何にも言わないなあ・・・。
美津子は、ドキドキしていた。
なんとなく、このままホテルへ行ってしまうのでは・・・という不安と期待が入り混じった、複雑な心境だった。
いくら30過ぎの独身女性とはいえ、自分を安売りしたくはなかった。別に欲求不満じゃないんだもん・・・でも、じゃ、行きたくない?って言われたら・・・正直、返答に困ってしまう・・・。
やっぱり、そういうことって、男の人から誘うもんなんじゃないのかなあ。Kさんは、娘さんが産まれてから、男として見てもらえない寂しさや不安があるんだよね。
こんなにいい人なのに。私なら、ほっとかないなあ。それとも、結婚したら、子供が出来たら、夫婦ってそういうものになるのかなあ。
Kさんが独身だったら、話は単純で済むのに・・・。

この後・・・健一は、みつへの返事に困っていた。
まさか、いきなりホテル行こう、って誘う訳にもいかない。そんな事言ったら、それが目的のように思われてしまう。じゃ、抱きたくないか?・・・いや、そんなことはないなあ・・・それは、みつのスタイルに惹かれてとか、かわいいからとか、単に他の女性も知りたいとか、欲求を発散したいとか、そのどれもが当てはまるような、当てはまらないような、そんな気分だった。
「とにかく、歩こうか」
「はい」

改めて、結婚というものは形式なんだと思った。汝はこの女性を一生の伴侶とし、って誓ったやつだ。でも、それと、今この人を抱きたい、という感情は次元の違うものなんだ、と思った。そう思ってしまう事に、理屈などないのである。それは自分に素直になった時に気づいた感情だから。
でも、それがいい事か悪い事か、という問題はある。倫理上、絶対良くない事に決まっている。それは、結婚という形式の上で約束された決まりだから。

2人で歩いていると、人通りが急に増えてきた。周りを見ると、若者が増えてきた。
「あ、ここ・・・」
心斎橋のアメリカ村だった。
「ちょっと、服見ていいですか?」
「いいよ」
健一は、ホッとしたような、惜しい事をしたような、そんな心境だった。

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