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感染
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第12章 11 投稿日:2005/09/13(Tue) 23:50 No.119 
「はーい」
「こんばんは」
「おかえり」みつがいたずらっ子のような表情で言った。「なんてね」
健一はふふっ、と笑った。でも、表情は硬かった。
「いらっしゃい。どうぞ」
「おじゃまします」
健一は部屋の奥へ入った。
1LDKの、小奇麗なマンションだった。部屋を見回して、パソコンを見つけた。
「ここで、チャットしてるんだ」
「そう。缶チューハイ飲みながらね」
みつは笑って、夕飯の支度を続けた。

台所に立って、夕飯の準備をしている私。そして、Kさんが隣の部屋でテレビを見ながら、それを待っている・・・。
美津子は、刹那に笑みを浮かべ、目線を下げた。

「おいしいよ」
健一はお世辞抜きにそう答えた。
「ほんと?」
「ああ」
「よかった。私、あんまりご飯作らないから」
ご飯に味噌汁、肉野菜炒めという、いたってシンプルなメニューだった。決して手際がいいとは思わなかったが、料理をあまりしない健一にとってはそれで十分だった。
ただ、ご飯を食べながら、どうしても気になることがあった。どうしてみつが自分を家に呼んだのか、ということだった。
そこに触れぬまま、帰った方がいいのか、言ってすっきりしたほうがいいのか。もしかしたら、みつは俺を試しているのかも・・・
「あのさあ」
「うん?」
「大事な話があるんじゃないのか?」

第12章 12 投稿日:2005/09/16(Fri) 00:02 No.120 
「大事な話?私が?」
「そうだよ、これからのこと・・・」
「赤ちゃんのこと?」
会話が途切れた。健一には、予想されていた答えであったのに、それ以上どう言っていいのかわからなくなってしまった。
「それは、前も言ったじゃない。迷惑かけないって・・・」
「産むのか?」
「でも、仕事も休まないといけないし、先だつものも心細いし・・・」
「いくら必要なんだ?」
健一は、そうとっさに口走った。
「いや、そんな別に・・・」
「堕ろすんだったら、その費用位は・・・」
「どうしてそんなこと言うの?」
少し厳しい口調でみつは言い放った。
「そんなことしてもらわなくていい!」

「・・・ごめん」
「私がね、どうしてKさんを招待したと思う?」

第12章 13 投稿日:2005/09/20(Tue) 00:04 No.121 
みつが俺を家に招きいれた理由・・・
「・・・わからないよ・・・」
健一は、素直にそう言った。
「私ね・・・きっと、結婚願望が、人一倍強いんだと思うの。周りの友達はどんどん結婚していくし、うちの親は結婚して欲しがってるし・・・」
部屋の空気の流れがとまったようだった。美津子の独白は続いた。
「それに・・・一人暮らしもだんだん寂しくなってきて・・・」
健一は、ただうなずくばかりだった。
「憧れだったのね。台所に立って、夕飯の準備をしている私。そして、夫が隣の部屋でテレビを見ながら、それを待っている・・・。平凡だけど、幸せな時間。それが欲しかったの・・・わからないでしょ?あなたには、この気持ちが」
美津子の瞳に涙がにじんできた。健一は、自分が罪深い存在のように感じた。

「・・・結婚して・・・」

美津子は声を搾り出すように言った。健一はその言葉に驚いたが、そう言うのももっともだと思った。むしろ、美津子自身が自分の言った言葉に驚いたようだった。

迷惑かけない、って言ったのに、私はKさんを困らせるような事を言っている。でも、どうしようもない・・・。
美津子の部屋の空気は、川の流れをせき止めた後のようによどみ、出口がなくなってしまった。
そうして、やがて耐えがたい異臭を放つのであろう・・・。
2人は言葉を失ってしまった。

最終章 1 投稿日:2005/09/20(Tue) 23:40 No.122 
人は、一生のうちで何度か、本当に言ってはならないことを言ってしまったと後悔するのだろう・・・。
美津子にとって、それがまさにこの日だった。
健一が去った後、部屋の電気を消した。一人しかいないこの部屋を見たくなかった。

結婚なんて、できないに決まってるやんか・・・。
わかってて、つきあってたやんか・・・。
あほ・・・あほ・・・。

でも、結婚したい・・・。
奥さんと私と、一緒やんか。
ただ違うのは、籍を入れてるか、入れてないかだけやん・・・。
美津子は、流れる涙を拭こうともせず、ただ明日が来るのを待っているかのようにじっとたたずんでいた。まるで新しい別の人生が始まるのを待つかのように。


最終章 2 投稿日:2005/09/21(Wed) 22:44 No.123 
「おかえり。えらい遅かってんね」
「・・・仕事や!・・・」
麻子は、健一の返事に違和感を持った。残業という連絡を受けたのだから、仕事だということぐらい、わかっている。
それを改めて、しかもこんなぶっきらぼうに言う人ではない。
「夕飯、どうしたの?」
「食べた」
「残業用にとってあるラーメン?」
「・・・ああ。風呂行ってくる」
そう言うと、健一は服を脱ぎ、風呂へと入って行った。
いぶかしがりながら服を持ち上げると、ふとへんな感触があった。
ワイシャツのおなかのあたりに米粒がついていたのだ。しかもそう硬くはない。気になった麻子は、ワイシャツやズボンをくまなく眺めてみた。すると、ズボンに染みがあった。臭いをかいでみる・・・何か、炒め物のような・・・。

麻子は確信した。健一には何か隠し事がある。
でも、それが何かはわからなかった。夕飯食べたものを嘘つく理由・・・したくなかった推理だった。でも、十中八九、間違いないだろう。

女がいるんだわ。

でも、確固とした証拠がない。何か証拠をつかまないと・・・。
そう考えて、ふと、思考がとまった。私は、そうやって調べて、事実がわかって、どうしたいんだろう?きっと、まだ、心のどこかで、私の勘違いだと思いたいのだろう。
もし、それでも、万が一女がいるのなら・・・

許せない。私の父と同じように。
許せない。

最終章 3 投稿日:2005/09/23(Fri) 00:08 No.124 
市役所の屋上には他に誰もいなかった。
健一はホッとして、前へ進みだした。誰もいない方がいい・・・。
フェンスのところまで来て、下を眺めた。
まず、ここから落ちたら助からないだろうな、と思った。さらに近づいてみる。
高いなぁ・・・でも、ここで飛び込んだら、確実だろうな・・・。

もう、どうしていいのか、わからなかった。ただ、死んでしまえば、もう何もなくなる・・・。

涙が出てきた。どうしてこんなことになったのだろう・・・俺はただ、自分の生活に不満を覚えて、チャットで知り合った女性と意気投合しただけじゃないか・・・必要としてくれて、嬉しくて、それに応えたくて・・・。

でも、私は罪深い。その女性を妊娠させてしまった・・・もう、これしかない・・・。

金網に手をかけて、登ってみた。何とか登れそうだ。更に上へ・・・。
手が滑り、バランスを崩して、しりもちをついてしまった。

健一の目にとめどなく涙が溢れてきた・・・どうして、俺だけこんな思いをしなきゃいけないんだ?そもそも、お互い臨んでの事じゃないか・・・俺に迷惑かけない、って言ってたじゃないか・・・
くそ・・・・・くそっ!!
健一にみつに対して殺意のような感情を持った瞬間だった。
そして、夕日が沈んでいった。

最終章 4 投稿日:2005/09/23(Fri) 22:24 No.125 
そういえば、最近、入ってないよなあ・・・。
健一は、パソコンに電源を入れ、起動されるのを待っていた。

みつは、何を考えているのだろう?
『結婚して・・・』
その言葉に、嘘はないだろう。
横で寝ている麻子と凛を見る。凛も2歳になって、ずいぶん大きくなった。いろんな所を歩き回っては、はらはらさせる。片言だが、しゃべるようになった。
やはり、家族は捨てられない・・・。
でも、そうなったら、みつは納得するだろうか?
迷惑かけない、と言いながら、プレッシャーをかけてきた。
仕方のないことかもしれないが、健一には、それが恐怖だった。
麻子にそのことを告白するか、慰謝料・養育費などを請求されるか・・・。
お互い、望まない妊娠のはずなのに、どうしてみつは産む事を選択するのだろう・・・。
それが、女というものなのだろうか・・・。

寒気がした。自分が自分でないような気がした。健一は、自分自身、なんて恐ろしいことを想像しているのだろう、という気がしている。でも、一方で、それしかない、という思い込み、いや、それ以上の怨念に似た思いが支配していた。
がたがた震えてきた。涙が溢れてきた。でも、もうこうするしかない・・・。

ふと目を覚ました麻子は、信じられない光景を目にした。
夫が、パソコンの前に座って、震えながら涙を流していた。慌てて健一に気づかれないように寝たふりをした。
いったい何があったの?
でも、私には言わないのだろう・・・。女と何かあったの?まさか、ネットで知り合った人なの?
新聞やテレビで出会い系サイトの話も目にするし・・・。きっと、免疫がない分、のめり込んじゃうのではないかしら・・・?
どちらにしても、私のほうには向いていないんだわ、この人。
・・・悔しい・・・。

最終章 5 投稿日:2005/09/25(Sun) 00:27 No.126 
あれからしばらく時が過ぎ、健一は無口になっていった。人としゃべるのがおっくうになったというか、しゃべる事自体怖くなっていた。
誰かに相談すれば、もっといい方法が見つかるかもしれない。
しかし、こうなった以上、いまさら相談も出来ない・・・。
健一は、恐ろしい作戦の実行に移すべく、計画を立てていた。

おそらく、今の健一には、それが最良の方法としてしか見えなかったのだろう・・・。

服は出来るだけ大量生産されているものの方が、足がつかなくていい。ユニクロのフリースなんて、まさにうってつけだ。
庖丁は、部屋の庖丁を使えば、突発的な出来事にみせられる。強盗殺人に見えたらなおのことラッキーだ。
それにも増して、おれとみつの間の接点は、パソコンでしかない・・・。
きっと、容疑者にものぼらないだろう。

そこまで考えて、ふと我に帰った。
何を考えているんだ・・・出来る訳ないくせに・・・。


最終章 6 投稿日:2005/09/25(Sun) 21:19 No.127 
「どうしたの?」
「えっ?」
「この頃へんよ」
「どこが?!」
「難しい顔したり、電話がなるたびに、びくってしてるし・・・」
まずい、と健一は思った。とうとう、そういう症状が表に出るようになっていたのか・・・。
「いや、そんなことないよ。疲れてるんやで、きっと」
「何か、私に隠してるでしょ」
「そんなわけないだろ!」
大声を出すと怪しまれるから、できるだけさりげなく言おうとしたが、やはり少し大きい声になっていた。

ここ数週間、健一は呼び鈴や電話、郵便物、携帯やメールが来るたびに神経を使っていた。家の電話や住所は教えてないものの、高梨健一という名前を知ってて、市役所勤務というところから、住所や電話番号を調べ出すことは可能だろう、と考えていた。その都度、気にしてないふりをしながら、それとなく麻子の様子をうかがっていた。

麻子と凛が寝静まった時、メールが来た。みつからだった。
『電話していい?』
ただ、それだけだった。健一はずいぶん悩んだが、自分からかけることにした。
「もしもし」
「Kさん?よかった」
「うん?どうして?」
「あれから、どうしようかと思って・・・」
「こちらこそ、気まずかったから・・・」
「こないだはあんなこと言っちゃったけど・・・」
「うん」
健一は、息を飲んだ。
「私、Kさんに迷惑かけないから」
俺は、この生活を一生送らねばならないのだろうか・・・こうやって、びくびくしながら過ごさねばならないのだろうか・・・。
「今夜は、声が聞けて、よかった」
「ああ」
「また、家に来てよ」
「ああ」
そして、みつが不安になると、結婚を迫られるのだろうか・・・もちろん、この状況がどうやってなったのか、十分理解している。責任も感じている。
みつが嫌いになったわけじゃないけど、身勝手かもしれないが、家庭は捨てられない・・・。
もう耐えられない・・・。
健一は、決心をしてしまった。

のっぽさん > 作者自身、書いてて、怖いです(笑)。嫁さんは、もっと怖がってます(苦笑) (9/25-21:20) No.128
りえ > 読んでる私も怖いです(^^;(笑)でも、続きがとっても気になる!! (9/25-23:24) No.129
なな > 怖い展開ですね〜。忙しくて家でパソコンする時間ないけど、小説だけは見に来てるよー(^^;)決心ってなんだろ?私も続きが
とっても気になるよー!(笑) (9/26-10:26)
No.130

最終章 7 投稿日:2005/09/27(Tue) 00:01 No.131 
健一は、クローゼットの奥から、服を取り出した。
「・・・あった・・・」
2年前のユニクロの黒のフリースとジーンズだった。
返り血を浴びた時、洗濯してルミノール反応を消すのは無理だろう。それならいっそ、現場近くで脱いでしまった方がいい・・・。
指紋を消す為、軍手も必要だ。大量生産された、できるだけありふれたものを・・・。
帽子を深くかぶれば、夜道は目立たないだろう。三宮まで、電車で行こう。車だと、ナンバープレートから足がつく恐れがある。電車だと、顔を見られる可能性は高いが、人の記憶力は案外当てにならない。数字を覚えられる方がやっかいだ。

問題は、いつ実行するかだ。
そこまで考えて、健一は、窓の外を見た。焦点をどこに合わすでもなく、ただ目に映るものをそのまま受け入れていた。
どうして、こうなってしまったのだろう。なぜ・・・どうして・・・。
もう、健一には、理由を論理的に考える余裕はなかった。それは、あたかも、餓死寸前の人間に、食べ物を与えたかのようだった。なぜそこに食べ物があるのか、その食べ物は安全なのか、考える余地はない。ただ、生きる為には、それしかなかったのだ・・・。

「うん、わかった」
電話を切った麻子は、不安になった。そのことを知れば、健一さんにとって、都合がよくなる・・・。
いや、逆に、真意がわかるかもしれない・・・。
「健一さん」
「うん?」
「今度の週末、友達が、子どもを連れて遊びに来ないか、って言ってるの」
「誰?」
「大学時代の子よ。咲ちゃん。結婚式にも来てくれたでしょ?」
「ああ、覚えてるよ」
「あなたはどうする?」
「俺は止めとくよ。結婚式で会っただけだし」
「それだったら、私もやめとこうかな」
「いや、行けよ。久しぶりなんだろ?」
「うん・・・」
「こんな機会、滅多にないんだからさ。凛つれて、遊びに行けばええやん」
そう、こんな機会、滅多にない・・・。

ひーちゃん > でも、健一がそんな事、出来るわけないんよね〜〜^^
きっと、どんでん返しがあるはずじゃ^^ (9/27-08:23)
No.132

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