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感染
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第6章 6 投稿日:2005/01/17(Mon) 21:55 No.53 
健一は、電話を切った後、静まり返ったリビングのソファにもたれて、携帯を眺めていた。リダイアルボタンを押した。みつの携帯番号が表示された。
とうとう、教えちゃったな・・・。
健一は、自分の番号を知ったみつが今どういう気持ちでいるのか、想像してみた。やっぱり、喜んでくれてるのかな・・・。うぬぼれるわけじゃないけど、みつが俺に好意を持ってるのは間違いないと思う。でも、どの程度なのかは、よくわからない。
どの程度にせよ、悪い気はしない。麻子と同年代とはいえ、若い女性と話をするのは、正直、楽しい。
それに、話をするだけだから、浮気にもならないだろう。半分、自分に言い聞かすようにそう考えていた。それに、何より、相手の名前や顔すら知らないのだ。どうって事はない・・・。

美津子は、電話を切った後、ベッドに入り、目をつぶった。しばらく、Kの声を思い出していた。
「いや、自分のことがずるいって、思ってん。だから、番号通知した」
お互い大人なのだから、額面どおりには受けとれない。単に、この関係は続けたいにしても、妻にばれないようにするために、番号を通知して、かけさせたい。そうすれば、電話代がかからずにすむ・・・そういう考えだってあっただろう。でも、番号通知は勇気がいった事と思う。
お金はかからないにしても、奥さんの知らない女性から電話がかかってくるのである。しかも、いつかかってくるかもわからない。偶然、その携帯に奥さんが出ない保証はない。
それでも、私と話をする方を選んでくれたんだ。それは素直に喜ぼう、と美津子は思った。
でも、話し相手だけですむのだろうか?Kもそうだけど、私自身、それですむのだろうか?美津子は、一抹の不安を感じた。私は、Kに会ってみたい。それで気が済んだら、それでいい。もし、思ったとおりのいい人で、本当に好きになってしまったら・・・。
いや、まさかそこまではいかないだろう。それに、何より、相手の名前や顔すら知らない。何も起こらないわ、きっと・・・。

第7章 1 投稿日:2005/01/18(Tue) 22:32 No.54 
携帯のバイブが少し長めに1回振動した。今夜は電話があるんだな、と健一は思った。
麻子が風呂に入るのを見計らって、携帯を調べてみる・・・着信メールが1通あった・・・もちろん、みつからである。
念のため、メールを開いてみた。『今夜、11時ごろ、どう?』それだけである。やっぱりな、と健一は思いながら、メールを削除した。
健一が家にいてるであろう時間帯は、詳しいメールは送らないことになっていた。電話で話がしたい時は、まずメールで確認して、それからかけることにしていた。マナーモードにするのを忘れて、いきなりみつが電話をかけてきた時、麻子の前で電話を取ることになる・・・それは避けたかった。
携帯で電話するのも、月々の電話代を考えて、交互にかけたり、しゃべりすぎた月は、メールのやり取りで会話をしていた。それも、出勤時にメールが届くようにして。
11時になった。携帯が短く、何度も振動した。健一は携帯を取った。
「もしもし」
「あ、もしもし」
「よう」
「元気?」
会話の中身など、たいしたものではない。お互いの仕事のこととか、休日の過ごし方とか、趣味とか・・・。
二人には、今、その10分程度の会話で十分だった。
「そろそろネットに入るわ」
「じゃ、私もそうする」
そう言って電話を切るのだった。

第7章 2 投稿日:2005/01/19(Wed) 22:45 No.55 
健一は、今朝もあくびをしていた。春眠暁を覚えず、とはよく言ったものだ。いや、もちろん、寝不足のせいでもあるが。
こんな生活をもう3ヶ月も続けていた。
「あ・・・」
駅から市役所までの道で出会う、可愛い女性だ。いつもの時間に出会い、そして、すれ違う。毎日、その繰り返しである。

ふと、その可愛い女性が、みつだったら・・・そんな想像をしてしまう。チャットや電話での内容が正しければ、まずありえない事だが、みつがこれだけ可愛かったら、どうするだろう?
人間、見た目がすべてじゃないが・・・いやいや、やめよう。こんな事考えるの。でも、もしそうだったら・・・想像が、あらぬ方向へすすんでしまう・・・。
朝っぱらから、何考えてんだ、俺は。欲求不満か?
そういや、麻子ともなあ・・・何か、今さら、迫るのもなあ・・・別に好きでなくなったとか、そういうんじゃないんだけど、なんかこう、情熱というか、何というか、その・・・。

その瞬間、健一は、目を疑った。いつもの、すれ違う彼女が、男と2人で歩いている。しかも、腕を組んだりして、とても親しげである!
自分とは全く関係のない、ただの男女である。だが、健一にとっては、みつが誰かに取られたような錯覚に陥った。
おい、馴れ馴れしくするなよ、おい!
そして、自分が、後ろを向いて立ち止まっていることに気づき、再び市役所に向かって歩き始めた。
「どうかしている・・・」

第7章 3 投稿日:2005/02/02(Wed) 22:36 No.56 
美津子は静かに玄関の扉を閉めた。部屋の電気をつけ、荷物を床に置いた。
今夜は久々に外食をしたなあ・・・。
平日に、夕食を外で食べることは滅多にない。かといって、家で料理をする事もそう多くはない。料理が嫌い、というわけではないが、趣味というほど好きでもない。それに、何より、自分一人のために何か作ろうという気持ちにはあまりなれないのだった。コンビニで弁当やお惣菜を買ってきて、家で食べるのが一番落ちつくたちだった。
ただ、今夜は家でなにもしたくなかった。
くそ!どうしてあんな事言われなあかんの!!
高校生には馬鹿にされ、それを同僚はかばったりなぐさめたりするどころか、それに輪をかけて責めてきて、打ちのめされてしまった。
ふん、どうせこの仕事には向いていませんよ・・・。
冷蔵庫から、缶チューハイを取り出し、半分近くを一気に飲む・・・息を吐くと、自然と涙が出てきた。
今日の出来事にも悔しくて情けなくて涙が出てくるのだが、酒でうさを晴らそうとしている自分の姿に、さらに涙が込み上げて来た。

気がつくと、缶チューハイを3本空けていた。酔った頭とうらはらに、感情は冷静さを取り戻していた。ただ、今度は、例えようのない孤独感が、美津子を襲って来たのだった。今、この状況を理解し、なぐさめてくれる存在、それが孤独感の原因だった。

美津子は、おもむろに携帯を取り出し、リダイアルを表示させた。しばらくの間画面を見て、少しためらったものの、通話のボタンを押した。

第7章 4 投稿日:2005/02/07(Mon) 21:30 No.57 
「しんどかったやろ」
健一は、美津子の電話に、そう答えた。
「うん」
「そっか。よしよし」
「えへへっ」
美津子の頭上に見えない手があり、優しくなでられていた。
そう、そうなん。そう言って欲しかったん・・・。

「それじゃ、電話切るよ」
気がつくと、12時を回っていた。明日もお互い仕事があり、当然の申し出だった。なのに、美津子には唐突に思えた。そして・・・

「待って」
「ん?」
「お願い。切らないで」
「どうしたの?」
美津子の心拍数が上がった。電話口にその高鳴りが聞こえるのではないかと思うくらいに。

「どうしたの?」
健一は、もう一度たずねた。電波が悪いのだろうか。でも、大きな声は出せない。この状況で妻に起きられでもしたら、後がややこしい。

「このまま、切らないで。出来たら・・・」
「出来たら?」
もう、言ってしまったも同然だ。もう、言うしかない。美津子はそう思った。

「・・・会いたい・・・」

第7章 5 投稿日:2005/02/09(Wed) 23:01 No.58 
「えっ?!」
今、会いたい、って言われたよな?俺。健一は、半信半疑だった。まず、会いたいと言われたのかどうかを。そして、みつが本気なのかどうかを。
「あ、あの・・・」
「え?あ、いや・・・」
健一は、言葉にならなかった。
「急に言われても、困るよね・・・ごめんなさい」
健一は、そこで、みつに『会いたい』と言われたことを確信した。
「いや、そんな事はないけど・・・今すぐは無理かな」

今度は、美津子が疑う番だった。えっ?今すぐは無理?そう言ったよね。じゃ、Kさんは、私とタイミングが合えば、会うつもりでいるの?
「今すぐは・・・確かに無理よね」
「うん」

健一は、自分の言った言葉を改めて感じた。俺、『今すぐは無理』って言ってる・・・。
皮肉にも、自分の気持ちを知ってしまった。
俺は、みつと会いたいのだ。こんなことって、あるんだ。自分の思いを考え、言葉を選び口にするんじゃなくて、とっさに出た言葉で、自分の思いに気がついてしまうなんて・・・。
健一は、その瞬間、二人の世界になった。他の誰の存在も意識しなかった。

「じゃ、いつなら会えるかな?」
健一は、みつとの日程の調整を始めた。

第7章 6 投稿日:2005/02/10(Thu) 23:25 No.59 
健一は電話を切り、手帳を閉じた。
来週の金曜日・・・飲み会がある。それを中座して、会うことになった。連絡はメールでどうにでもなる。
ただ、手帳には何も書かなかった。万が一、手帳を見られた時、言い訳がきかないからだ。嫁さんはもちろんだが、他の誰に見られるかもしれない。
とうとう、会う約束をしてしまったなあ。それが健一の正直な感想だった。

電話を切った美津子は、手帳に『K』と書いた。こんな年になって、ハートマークやら何やら書くのも気恥ずかしくて、最低限忘れないようなメモに留めた。
でも、忘れるはずがない!とうとうKさんと会える・・・それだけで、もう胸の鼓動が高鳴って苦しかった。
どんな人なんだろう・・・体型を気にしてたから、少し太めなのかな?声は爽やかな感じがするから、けっこうすらっとした人なのかもしれない・・・。
どんなかっこうしていけばいいのかな?仕事帰りだし、あんまり綺麗な格好だと目立つし、変な詮索されかねないからな・・・。
もう、美津子の頭の中に、今日の仕事の辛さなど、なくなってしまっていた。

第7章 7 投稿日:2005/02/12(Sat) 22:05 No.60 
「今夜は遅くなるからな」
「はい」
「起きてなくていいからな。凛の世話で大変だろうし」
「あら」
「ん?どうした?」
「だって、普段、そんな事全然言わないじゃない」
「そうか?」
「優しいんだ」
「からかうなよ。じゃ、先に寝といてくれよ」
「分かった。いってらっしゃい」
ふぅ・・・そんなもんなのかな。俺って、そんなに麻子に優しい言葉かけてなかったのかな?それとも、今夜、みつと会う後ろめたさから、麻子に優しくなれたのかな?
とうとう今夜か・・・飲み会を中座して会うのだから、正味1時間・・・2時間取ると、終電がきついな。みつと会って、何をしようかな?っていうか、みつはもともと会って何をしたいんだろう?まさか、なに、ってことはないよなあ、いきなり。何言ってんだ、俺は・・・。

第7章 8 投稿日:2005/02/13(Sun) 22:34 No.61 
美津子は、普段よりも1時間早く目が覚めた。
あまり寝付けなかったのに、それほど眠くはない。パジャマを脱いで、下着をつける。ブラをつけて、ババシャツを着ようとして、手を止めた。
「あっ・・・」
そのまま、鏡の前に立った。体を左右に振り、ブラを外して、付け直す。そんなことを2、3度繰り返した。
4月とはいえ、まだ朝は寒い。なのに、それほど寒さも感じなかった。
何してんだろ、私。こんな下着姿、Kさんに見せるはずもないのに。
結局、1番高い、かわいいブラを付けることにした。それにあわせて、パンツもはきかえる。
ババシャツは、少し悩んだものの、つけていくことにした。
そんな事をしながらも、いつもより15分早く家を出た。

とうとう今夜だわ・・・携帯の充電もしてあるから、メールのやりとりは十分できる。早くて、8時かな・・・2時間、いや1時間も会えたらいいかな。私が言い出したことだから、どこへ行くか、私が言わないとね。とにかく、どこかのバーで落ちついて飲んでみたいな。
もし、Kさんが酔っ払って、迫ってきたら、どうしよう?まず、断る。
そんな安い女じゃないもん。それに、そんな人だったら、これっきりだわ。でも、もし私がその気になってしまったら・・・はは、ありえないか・・・。

第7章 9 投稿日:2005/02/14(Mon) 23:10 No.62 
「かんぱ〜い!」
宴会場に賑やかな声が広がった。
歓送迎会が始まった。一つの部屋に40人くらいはいるだろうか。同じ部署の人間が、お膳を前にして、飲み食いを始めている。
どこにでもありがちな、和室での光景である。ただ、健一は、いつもとは違った思いで、この光景を眺めていた。
早く、盛り上がれ・・・盛り上がれば、どさくさに紛れて、幹事に言って、早々に立ち去る事が出来る。
とはいえ、付き合いが悪い、と思われると、後の仕事に差し支える。お世話になった人に最後の挨拶はしておきたい。新規採用の子に声をかけるのは、今夜でなくても、機会はいくらでもあるだろう。

美津子は、いつものように5時半には仕事を終え、帰り支度を始めていた。いつもとそう変わりはない。時計を見る・・・6時か。今から学校を出て、電車に乗れば、7時には梅田に着く。どうやって、時間を潰そうか・・・しばらくはロフトでウインドウショッピングすればいいや。それにあきたら、紀伊国屋に行こう。そこなら、いくらでも時間が潰せる・・・でも、お腹がすきすぎるかな?そんな状態で飲んだら、すぐ酔いが回るなぁ。Kさんも、宴会の途中で抜けるんだから、ある程度、食べてくるだろう・・・。
学校の職員用トイレで顔を確認する。うん。大丈夫。化粧のりも悪くない。襟元も乱れてない。
さあ、行こう!笑みを浮かべながら、美津子は学校を後にした。

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