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感染
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最終章 8 投稿日:2005/09/27(Tue) 22:50 No.133 
その夜、健一はみつにメールを送った。
『週末、会えないかな。家でまた君のごはん食べたいし、おなかの子どもの事も気になるし』
送信した後、リビングのソファで一人、ぽつんと座っていた。
まるで動かなかった・・・いや、携帯を持つ手だけが、がたがたと震えていた。
俺は・・・なんて恐ろしい事をしようとしているんだ・・・なんて利己主義なんだ・・・自分の家庭を守る為に・・・いや、自分可愛さのために、人一人、命を奪おうとしている・・・どうして・・・どうして・・・。
健一には、この『どうして』の意味すらわからなくなっていた。出会った事を後悔しているのか、結ばれてしまった事を後悔しているのか、あるいは・・・。

メールが来た。

健一は、心のどこかで、『週末は無理なの』と返信して欲しい、と願っていた。だが、そうなったとしても、逆に心のどこかで、機会を逃した事を悔しがるのだろう・・・。

『いいよ。ご飯作って待ってるから。くわしい事はまたメールでも電話でもいいから頂戴』

・・・OKの返事か・・・。

最終章 9 投稿日:2005/09/29(Thu) 00:00 No.135 
朝の通勤ラッシュとはいえ、下り電車なので混まないで済む。健一は、その空いた車両で恐ろしい計画を練っていた。
服はOK。時間帯は夜、少し更けてから。凶器はみつの台所の庖丁。あとは、実行するタイミング・・・。
騒がれた方がいいのか、騒がれない方がいいのか・・・。騒がれたら、現行犯逮捕の心配があるが、強盗等に思われる可能性が高くなれば、安全だろう。騒がれる前に実行すれば、成功する可能性は高くなるが、みつの身辺を詳しく調査されると、俺が捜査線上に出ないとも限らない・・・。
ということは、夕飯を食べてから、なんてもってのほかだ。誰と一緒に食事をしてたか、調べるに決まってる・・・。
少々騒がれてもいいから、食事前だ・・・ということは、少し遅く訪問する必要がある・・・。じゃ、仕事の都合で、8時くらいになるけどいい?くらいで返事をして、出方を探ってみようか・・・。

あっ、携帯がない!

持ってない、ということは、家だ。麻子に見られてなければいいが・・・。
あ・・・みつに送信したメール、削除してあるだろうか?
ああ、しまったぁ・・・麻子が見なければいいのだが・・・

あ、こんなところに・・・
麻子は、時間帯に似つかわしい落し物を拾った。健一の携帯である・・・。
麻子は、掃除の手を止め、健一の携帯を開いた。
勝手にこんな事しちゃ、いけないよね・・・でも、先に隠し事をしたのは、向こうだし・・・。
麻子は、多少の罪悪感を抱えながら、それでも、一方で『当然』と思う人もいるだろう。麻子は、ためらって、ためらって、健一の携帯に電源を入れた。

ひーちゃん > 私も、旦那の携帯を見るぞ^^
旦那が見てもいいって言ったもん^^ (9/29-09:49)
No.136

最終章 10 投稿日:2005/09/30(Fri) 23:15 No.137 
家に帰った健一は、麻子に気づかれないように携帯を探した。
あれ・・・カウンターの上じゃないか・・・引き出し・・・洗面台の上・・・違うか・・・。

あ、あった!
携帯は、玄関横のシューズクローゼットの上だった。
でも、・・・俺、置いたのかな?
メールを確認しないと・・・!
送信メールは空だった。

ほっ・・・

削除してたんだ。俺。
じゃあ、みつに返事を打たないと・・・

程なくして、折り返しメールがきて、8時にみつの家へ直接行くことになった。

最悪のシナリオの始まりだった。




最終章 11 投稿日:2005/10/02(Sun) 19:49 No.138 
健一は、部屋の電気をつけたまま、玄関の鍵をかけた。
麻子は凛を連れて、友達の家へ行った。
長い間見送ってたような気がする・・・。俺は、これからもお前の夫であり、父だからな・・・。

帽子を目深にかぶり、できるだけ下を向いて歩いた。幸い、寒さが厳しくなってきた師走の週末、胸をはって歩いている人はそう多くない。
家の鍵、財布、軍手。あとは、紙袋に上下の着替え。できるだけ持ち物を厳選して、それ以外は持たないようにした。

人が人をあやめる時って、こういう気持ちなのか・・・。本当にこれしか方法はないのか?自分に問い掛けてみるが、答えは出ない。

みつの家が近づいてきた。目立たないように、周りと出来るだけ歩調を合わして、印象に残らないように気をつけた。
出来たら、このまま消えてしまいたい・・・いや、それだと意味がない・・・麻子や凛を失いたくないから、実行するんじゃないか・・・でも・・・でも・・・。

みつのマンションに着いた。ここまで来てしまっては、後はすばやく行動しないと、ここにいてる印象を残してはいけない・・・。
健一の歩くスピードが上がった。

健一はみつの家の呼び鈴を押した。
「はーい」
あの時と同じ、可愛い声だった。
俺は帽子を取り、紙袋の中に入れた。
「こんばんは」
健一は軽く挨拶をすますと、するりと部屋の中に入った。

最終章 12 投稿日:2005/10/04(Tue) 00:08 No.139 
健一は、『その時』のタイミングをうかがっていた。できれば、後ろを向いた瞬間にやってしまいたい。そして、なにより凶器がこの家の庖丁だから、台所にいったん行かねばならない。
こうやって料理の仕上げをしている間は止めておこう。料理を運ぶのを手伝う・・・そう言って、台所に立って行けば、そう怪しまれない・・・。

「できたわよ」
「ありがとう」
みつが料理を運んでくる・・・今だ・・・。
「じゃ、俺も手伝うよ」
「え、もう終りだからいいよ」
「いや、重いだろう?」
「ありがとう。でも、これで終ったし、食べましょう」

「トイレかりるわ」
そう言って、トイレに立った。みつはテレビを見ていた。トイレに入って、部屋の中ではとっていた軍手をしなおした。トイレから出た健一は、まな板の上の包丁をにぎり、静かに進んでいった。

あと、3m・・・2m・・・1m・・・
その時、みつが振り向いた。健一は、声をあげそうなぐらい驚いた。が、みつはもっと驚いた。
な、何をしているの?この人?
え?え?
状況が理解できないまま、後ずさりを始めた。

しまった・・・みつに気づかれてしまった・・・。
健一は歩くスピードを上げた。
みつは、とにかく逃げなければ・・・それしか考えられなかった。
テレビドラマの殺人現場では、こんな時女が大声を上げるとか、犯人が独白を始めるとか、そんなものとは無縁だった。本当にこんな状況では、声なんか出せないのかもしれない。

あ、殺される・・・・・・・・・・!
みつは逃げる為におもわず背中を向けてしまった。

そして、背中に凶器が刺さった。

最終章 13 投稿日:2005/10/05(Wed) 22:25 No.140 
背中に刺さった凶器は、深く体の中に入り込み、激痛を与えた。
そして・・・健一は振り返った。そして、目を見開いた。
そこに、麻子が立ちはだかっていた。胸の辺りを、健一の血で赤く染めていた。立っていられなくなった健一は、崩れるように倒れた。

どうして、麻子がここへ・・・。
そうか・・・携帯の送信メールを削除したのは麻子だったんだ。
全てを知って・・・

麻子は、自分のしたことがまるで信じられないような顔をして、そして、叫ぶように泣き崩れた。

美津子は、次に自分が刺されるかもしれない不安と、状況の凄惨さに、声も出ず、ただ震えていた。

麻子の号泣だけが響く部屋の中、健一は死の恐怖と戦い始めた。
痛い・・・た、たすけてくれ・・・。
思うように体が動かなくなっていた。肝臓のあたりだろうか、出血が激しく、部屋に血の臭いが立ち込めていた。
寒気がする・・・俺は死ぬのか?え?そうなのか?・・・あ・・・意識が遠のいていく・・・。

不倫という甘美な響き、他の女性に対する好奇心、誘惑・・・そんな病に感染した健一に、治療薬はなかった。病魔は少しずつ全身を襲い、蝕んでいった。

そして、健一は動かなくなった。

−fin−

あとがき 投稿日:2005/10/06(Thu) 22:54 No.141 
なんとか最終回を迎える事が出来まして、厚く御礼申し上げます。駄文を最後まで読み続けるのは大変だったと思います。
この小説を書くにあたって、一つくらいハッピーエンドでなく、ハードなエンディングを迎える小説が並んでもいいだろう、というのがありました。

新聞で、不倫の行き着く先の刃傷沙汰が新聞紙上をにぎわす事も珍しくない訳ですが、案外そういう人って、いい人かもしれないな、と思ったわけです。よく事件があったとき、聞きますよね?「あの人がこんな事件起こすなんて、信じられない」ってセリフ。その通りだと思うんです。明らかに事件を起こしそうな人って、世の中にそういてるもんでもない。まさかあの人が?!っていう人が、気がついたらにっちもさっちも行かない状況に追い込まれて、とうとう・・・というのを想像して書いてみました。
そして、舞台をネットで出会ったことにした。さらにありえそうなんじゃないかなあ、と。
だから、こういうことって、一つ何かを間違えるだけで起こってしまうんじゃないでしょうか・・・。

ちなみに、最終回は最終章の13でしたが、これも意図的にしたものです。最終章は、実は・・・第13章なのです。その13・・・「刑が執行される」、という意味をあえて持たせました。じゃ、健一は死んだのか・・・?
それは、想像にお任せします。

あとがきA 投稿日:2005/10/14(Fri) 00:37 No.142 
この作品を書くにあたって、一番悩んだのが、その人それぞれの言動を起こす動機でした。
要するに、「だからこの人はこんな事をしようと思ったんだ」ということを読者に納得させたい、という思いが強かったです。なにせ、刃傷沙汰ですから(笑)
そして、エンディングは初めから決めていたので、妻麻子の存在をどの程度出すか、というさじ加減にも悩みました。あまり露出がないと、思い入れがなくなってしまう、かといって、露出しすぎると、ああ、きっと健一を刺すなぁ、となっちゃうような気がして。

それから、リアリティを持たせたい、というのは私が小説を書くときに気をつけることの一つなんですが、それが理由で、健一を刺した理由、それを麻子は一切語っていません。いろいろ言わせたいなぁ、とは思ったものの、人を刺しちゃった後、そんなにしゃべれる訳がない・・・それが語らせなかった理由です。説明めいたセリフは言わせたくなかった。
きっと、麻子の心の中には、本当は健一のことを男として求めていたのに女の方からはそれを口に出来なかっただけなのに、とか、他の女がいて、しかも子どもまで・・・!とか、父に捨てられた母の様にはなりたくない、母がもったであろう父への恨みつらみを、私はちゃんと自分の夫にぶつけるんだ・・・みたいなものがあったのでしょう。
それを健一を刺した動機にしたかったため、ところどころにちりばめる、いわゆる「伏線をはる」作業も悩みました。白々しくならないように・・・と。

余談ですが、健一のHNは「K」。ここの管理人のHNは「R男」。似てるなあ・・・最近チャットに来ないのは、実はもうすでに奥さんの手によって・・・!なんてね(爆)

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