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感染
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第8章 3 投稿日:2005/03/15(Tue) 22:47 No.74 
これから、どうしようか・・・。
健一は、いつの頃からか、こんな事ばかり考えるようになっていた。
そして、こうも思うのである。
のめりこんだら、まずいよな・・・。
でも、次に会う段取りをつけたかった。
ただ、会いたい時に会う、という訳にはいかない。当然の事だが。
次の飲み会の時か。それなら、課内旅行か?
宿泊行事を途中で抜けるのはまずいか。じゃ、行ったことにして?というか、そこまでして時間をとって、何がしたいんだ?
単なる欲求不満か?!健一は自虐的に笑った。
ただ、もっとみつのことを知りたい。そんな思いが一番強いんだな、と健一は自分の気持ちを理解していた。
それは、初恋に似た感覚なのかもしれない。
何を考えてるんだか。何が初恋だ。30半ばの人間が使う言葉じゃない。

でも・・・。


第8章 4 投稿日:2005/03/16(Wed) 23:04 No.75 
「次、会うの、難しいかなあ?」
美津子は、軽い戸惑いを感じながらも、やはり嬉しかった。
「私より、むしろKさんの方が難しいんじゃない?」
「確かになあ・・・」
「私は、いつでもいいよ」
「いつでも、って言ったって」
「だって、もうすぐ夏休みだし」
みつの仕事を忘れていた。学校関係なら、夏は融通がきく。それなら、半休くらいとれば、夕方まで結構時間が取れる。
「そっか、いいよなあ」
「そこだけを取ればね。普段は休みなんて、なかなか取れないし」
そりゃ、そうだろうな・・・。

「おやすみなさい」
美津子は、電話を切った後、スケジュール帳をカバンから取り出した。具体的な話はしていないが、夏にまた会えそうだ、という感触だけで十分だった。夏・・・この時期なら、研修もないし、出勤しなくてもすむかな?本の整理も早く済ませないと・・・。
今度はどこへ行こうかな・・・。

第9章 1 投稿日:2005/04/04(Mon) 22:09 No.76 
夜だというのに、蝉の声が鳴り止まない。
健一は、携帯を閉じて、ソファに横たわっていた。

着信履歴を確認して、慣れた手つきで消去をする。メールも確認して、削除もしておいた。
だが、目をつむると、頭の中にみつの声が残っていた。おとなしそうで、真面目で、でも無邪気にはしゃぐようでもある・・・。
1度だけ会った時の顔や姿が、今も目に焼きついている。
あれから、何ヶ月経ったのだろう?
世間は、もうすぐ夏休み、と騒いでいる。ただ、それで影響を受けるのは、子どもと、子どものいる家族だ。俺のような職業で、子どもの夏休みとはあまり関係がない。
なのに、この夏は、いつもの夏とは違う・・・。
健一は、スケジュール帳をめくり出し、鉛筆でうすく印をつけ始めた。

第9章 2 投稿日:2005/05/01(Sun) 22:24 No.77 
美津子は、テレビを見ていて、何か別の音がするのに気づいた。
何だろう・・・あ、もしかして・・・
美津子はカバンの中を探し出した。程なくして、携帯電話を取り出した。
開いてみると、「メールあり」の文字があった。
最近、忙しくて、メールしてなかったから・・・
差出人を確認する。やはり、Kだった。何かな・・・ボタンを押す。
そこには、思いがけないことが打たれていた。

また、会えないかな?7月は、26〜28日だったら、昼から休みが取れるから。

Kらしい、短くて、でも言いたい事がはっきり伝わって・・・。
美津子は、再びカバンに向かった。手帳、手帳・・・あった・・・7月は・・・えーと・・・26、27・・・28!いける!28日なら、学校に行かなくていい!
美津子は、もう一度、メールを読み返した。28日。間違いない。
そして、返信を押した。

みつです♪28日なら、1日空いてます。もし良かったら、会ってください。待ち合わせの時間や場所は、また後でゆっくり決めましょう!

2回読み返して、送信を押した。
そして、もう一度、受信メールから、さっきのメールを読み返した。Kからこんな事を打ってくるなんて・・・。嬉しい反面、どうしたのだろう、と心配にもなっていた。奥さんや、仕事のことで、何かあったのかしら?
パソコンに向かい、缶チューハイを飲みながら、ふとその動きを止めるのだった。

第9章 3 投稿日:2005/05/02(Mon) 23:52 No.78 
あと2週間・・・パソコンから目線を上に外すと、そこにカレンダーがかかっている。健一は、28の文字を見ては、今日の日付と比べる。
28の文字には、何の印も打ってはいない。心の中で丸をつけ、パソコンの電源を入れた。

「また、会えないかな?7月は、26〜28日だったら、昼から休みが取れるから。」
えらい事を打ってしまったなあ、とも思っていた。前は、みつに「会いたい」と言われた訳で、だから会った、という言い訳は出来る。しかし、今回は、誘ったのは自分の方だ。
「みつです♪28日なら、1日空いてます。もし良かったら、会ってください。待ち合わせの時間や場所は、また後でゆっくり決めましょう!」
このメールを、まだ消せないでいる。

「たかさん、いらっしゃい」
健一は、おっ、と声をあげた。
たかとは、みつがチャットで携帯の番号を打ってきた時、それをたしなめた人だ。

K:こんばんは
たか:こんばんは
K:お久しぶり
たか:いつ以来?
K:だいぶ前だね
もちろん、知っていた。でも、ここで言う訳にはいかない。
たか:あ、あの時以来か。電話したの?
K:いや・・・
たか:そういう時は、メッセをするといいよ
K:メッセ?

第9章 4 投稿日:2005/05/05(Thu) 17:41 No.79 
たか:そう。メッセンジャーの略だけどね
K:メッセンジャーのメッセなんだ
たか:そうそう
K:それって、何ができるんですか?
たか:えっとね、簡単に言うと、誰にも見られないチャット、かな
K:誰にも見られない?
たか:メッセをしている者同士だけで、チャットが出来る

何だかよく分からなかったが、言われた通り、ダウンロードして、設定を進めていった。途中でチャットから退室したりして、1時間近くはかかっただろうか。何とか使えるようになった。
お礼を言って、チャットを落ちた。メッセの画面が右上に表示されてて、そこに「たか」の名前だけがオンラインのところにある。
名前の所で、右クリックをする。何やら大きいウインドウが出てきて、一番上に「インスタントメッセージの送信」とある。それをクリックしてみた。中央に大きい枠、下に小さい枠が出てきた。カーソルを持っていくと、文字が打てそうだったので、おもむろに
「こんばんは。わかりますか?」
と打ってみた。
すると、程なくして、中央画面から、「こんばんは。うまくいったね」というメッセージが返ってきた。
そうか、そういうことか。このチャットのやりとりは、誰にも見られないのか。そして、相手がネットにつないでる時に話しかければいいのか。
健一は、世の中にはこんなものがあるのか、と思った。

第9章 5 投稿日:2005/05/08(Sun) 10:59 No.80 
「うまくいかないな・・・」
美津子は部屋でぶつぶつと言いながら、パソコンに向かっていた。
Kから電話がかかってきた時にはびっくりしたが、話を聞いて、もっとビックリした。とにかく、メッセというものがあって、それを入れたら、2人きりで秘密のチャットが出来る、ということらしい。
まあ、何ができるのかよく分からないが、言われるままに、ダウンロードをして、設定を試みていた。

何とか、設定が終わった。「メンバの追加」をクリックして、教えてもらったアドレスを入力する。
しばらくすると、オンラインに「K」の名前が現れた。
ん?下の方で青く点滅している・・・クリックすると、ウインドウが現れて、「こんばんは」の文字が・・・このメッセージって、もしかして・・・。
「Kさん?」
「そうだよ」
美津子は、理解した。メッセとは、こういうことだったのか・・・!
はぁ・・・なるほどなあ。面白いなあ。これだと、誰かに会話を見られてる、という事を気にしないでチャットできるんだ。まるで、すぐに返事が返ってくるメールのようだ。

こうして、2人には、電話やメールとは違う、第3のホットラインが出来てしまった。

それから1時間、2人はたっぷりと会話を楽しんだ。

第9章 6 投稿日:2005/05/10(Tue) 23:29 No.81 
妻子との会話もそこそこに、パソコンに健一は向かった。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
麻子と凛がベッドに入った。
リビングに戻り、キッチンの冷蔵庫から発泡酒を取り出した。プルトップをひくと、部屋に乾いた音が響いた。
一口飲んで、寝室に戻ってきた。まだ、みつは来てないな・・・そう思いながら、チャットに入室した。

しばらく待っていると、みつがオンラインになった。どうしようか、声かけようか、と思っていたら、向こうから「こんばんは」とメッセージが来た。
みつの発言:こんばんは
Kの発言:こんばんは
Kの発言:あと1週間だね
みつの発言:うん、待ち遠しい!

こんな会話を毎日、チャットしながら続けていた。胸が苦しくなってくる。健一は自分自身、期待と不安が入り混じっていた。会う事への期待と、会った後の不安と。
たった1度会っただけの相手じゃないか。なのに、もっと知りたい欲求に駆られていた。

第9章 7 投稿日:2005/05/22(Sun) 22:35 No.82 
完全に病気だなあ、と美津子は思っていた。別に体調が悪いわけではない。メッセンジャーという秘密のツールが出来た事で、Kさんとの距離が縮まった事が原因の病だ。
電話で話をしたり、直接会うのとは違う。人の目や時間を気にせず、思う存分お互いの話をする事で、もう親友しか知らないような話が出来る仲になってしまった。Kさんならわかってくれる・・・それはもう揺らぎのないものになっていた。
他の人とも交えてのチャットをしていても、メッセンジャーはKさんとつなげたままにするのが習慣になっていた。

とーち:奥さんに言ってやろ(爆)
K:(笑)

Kの発言:うちの奥さんにほんとに言ったらまずいだろうね(苦笑)
みつの発言:そうなの?
Kの発言:ここんとこ、ずっとまともに会話してないし・・・

チャットの裏側、みたいな話をしてくる。そんな・・・私がいるじゃない。
ますます自覚を深めていく。私は、Kさんの事を本気で好きになってきている。それはただ、恋の病に感染しているだけかもしれない。
でも、Kさんのためになりたい。そんな風に思うようになっていた。

そして、運命の日が訪れた。

第10章 1 投稿日:2005/05/25(Wed) 23:38 No.83 
職場の時計を見る・・・12時をさそうとしている。
さて、出るか。
健一は有休届を出して、市役所をあとにした。
駅に着いて、何も食べずに電車に乗った。家の最寄り駅は通過する快速急行に。
いつもの駅を通過した時、健一の中で何かがはじけたような気がした。大阪市内に出る事はそう珍しくないのに、小旅行のような、逃避行のような、そんな気がしていた。もちろん、平日の昼間に市内に向けて電車に乗ることはそうないのだが、そのどの日とも違う風景に思えた。

美津子は、部屋で着替えていた。下着を身につけた後、ふと自分の体を眺めてみた。こんな事なら、もっとやせときゃよかった・・・って、するって決まったわけじゃないのに・・・。そりゃ、独身だけど、30過ぎて、体型もこんななのに、それを人前で見せるのは、勇気がいる。幻滅されるんじゃないかしら・・・。
そんなこと言っても始まらない。美津子はとにかく着替えを済まし、化粧をし、家を出た。

二人は、待ち合わせの場所へ向かった。

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