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感染
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第5章 7 投稿日:2005/01/05(Wed) 00:12 No.43 
「ええぇ?」
健一は、思わず声を出してしまった。そうか、そんなことを考えていたんだ。だからみつはこだわったんだ。
K:(笑)全然違うよ。見当違いだよ。
みつ:じゃ、どうして来なかったの?
K:何かね、姫の事があって、急にむなしくなって・・・
みつ:むなしい?
K:だって、ネットで知り合って、不倫して、結局もとのさやに収まって・・・
みつ:何が言いたいの?

健一は、困ってしまった。どうしても、今の自分の気持ちを表現できない。

K:ごめんね。上手く表現できない。

美津子は、Kの困ってる様子が手に取るようにわかった。顔も名前も知らない相手に使う表現ではないが、そんな感じがした。

みつ:いいよ。何となくわかる。
K:何て言うか、しょせんネットで知り合った相手って、そんな程度のものなのかなあって。
みつ:そんなことないよ。
K:そうかなあ。

みつ:だって、Kがいてくれるから、元気が出たりするもん。

健一は、不意をつかれた。そう展開するとは思わなかった。でも、ありがとうね、みつ。なぐさめてくれるだけで、十分です・・・

K:ありがとう。もう遅いし、落ちるわ。
この後、健一は予想もしなかった発言を見ることになる。

第5章 8 投稿日:2005/01/06(Thu) 23:27 No.44 
みつ:ちょっと待って・・・

ここで落ちたら、今度いつ会えるかわからない。でも・・・どうすればいい?美津子は、決断を迫られていた。

K:うん?

よかった。まだ落ちていない・・・でも、何か打たないと、Kさん、落ちちゃう・・・。
もう、あんな不安な日々は嫌だ。とにかく、もっと話がしたい・・・。
美津子は、意を決し、キーをゆっくりと、確実に、打った。祈るような気持ちで・・・。

何だ、この数字は?604・・・。健一は、桁を数えた。・・・6、7、8桁だ。8桁?これって、ひょっとして・・・。

みつ:前に090を付けて・・・

健一は、みつの意図をさとった。やっぱり、そういう番号だったか・・・。健一は、とっさに、そばにあったペンで、何かの袋の裏に書き残した。

『たかさん、いらっしゃい』
たか:こんばんは
たか:こういうことは、オープンでしないほうがいいよ
K:こんばんは
たか:発言、消しときなよ。じゃあね
K:ありがとう
『たかさん、またね』

健一は、久しぶりに呼吸をしたような気がした。たか・・・たまに来てた人だったか・・・よく覚えていない。でも、こういうことに慣れてる人なのかな。発言を消しとかないと・・・。

K:♪〜

あ、一気に発言が消えた・・・美津子は、我を取り戻すのに、少し時間がかかった。体の火照りが冷めていくにつれ、顔が熱くなってくるのがわかった。ああ、なんてこと、しちゃったんだろう・・・。変な女、と思われたんじゃないかしら。でも、こうするしか思いつかなくって・・・美津子の体が再び火照ってきた。

第5章 9 投稿日:2005/01/07(Fri) 20:44 No.45 
K:発言消さないの?

あ、そうだった・・・美津子は慌てて『clear』を打ち、Enterを押しかけて、全部消し、打ち変えた。

みつ:もしよかったら今かけて・・・じゃあね

みつ:♪〜
『みつさん、またね』
美津子は、ふぅ、と息を吐いた。

K:♪〜
K:おやすみなさい
『Kさん、またね』
健一は、用心深く発言を更に消して、退室した。みつの携帯の番号を書いた袋を右手に持ち、寝室を出て、自分の携帯を取りに行った。
今度は、健一が決断を迫られる番になった。時計は1時半を指していた。美津子も社会人である。明日も仕事だろう。そんな状況の中、そうそう無茶な夜更かしは出来ないはずだ。となると、待たせるわけにもいくまい・・・。
健一は、携帯の番号を押し始めた。1、8、4、0、9、0、6・・・。
非通知にすることが、後ろめたさに対するせめてもの抵抗のように健一は感じていた。

あっ、かかってきた!あ、非通知・・・そりゃそうよね。でも、嬉しい・・・。美津子は、非通知にされたことよりも、かかってきたことに対する喜びのほうが大きかった。6コール目で、電話を取った。
「もしもし・・・」

第5章 10 投稿日:2005/01/08(Sat) 00:39 No.46 
携帯から、みつの声が聞こえてきた。別に、みつがどんな声か想像した事はないけど、実際に聞いてみると、チャットで会話する相手の声と同一人物という気がしなかった。
「もしもし」
「あっ、みつです」
「どうも、Kです」
「へぇ・・・」
「うん?」
「いや、そんな声してるんやなぁって思って」
不思議な感覚だった。よく知ってる人なんだけど、初対面でもある。
みつの声は、可愛い感じの声だった。
「そう?」
「可愛い声やなあって」

可愛い声・・・美津子は、おもいっきり照れてしまった。
「そうかな?」
「うん」
「そんなこと、言われた事ない・・・」
「可愛いよ」
美津子は、しゃべれなくなっていた。

第5章 11 投稿日:2005/01/09(Sun) 00:00 No.47 
「正直おどろいたけど、嬉しかったよ」
「迷惑じゃなかった?」
「いや」
「奥さんいてるし・・・」
「電話しただけやん」
「あ、そうだね」
二人は、電話口でお互い笑った。深夜なので、あまり大きい声ではなかったが、気持ちのいい笑いだった。

「じゃ、もうそろそろ切るよ」
「明日も話が出来る?」
健一は迷った。もちろん、話をするのは楽しいが・・・でも、みつは俺の携帯の番号を知らないから、俺が決められるか・・・。
「出来ると思うよ。約束は出来ないけど」
「うん、もちろん。Kさんの都合でいいよ」
「それじゃ、おやすみ」
「今夜はありがとう。おやすみなさい」
こうして、電話が切れた。時計は、2時を回っていた。

第6章 1 投稿日:2005/01/11(Tue) 00:03 No.48 
健一は、できるだけ、いつもと同じようにしようと気をつけて起きた。
「おはよう」
「おはよう」
いつもの時間に、いつもの夫婦のあいさつをした健一は、イスにすわり、新聞を読んだ。
「どうしたの?」
「えっ?」
「もう朝ごはん出来てるよ」
「うん?あ、いただきます」
健一は新聞をたたみ、出来るだけ機嫌悪そうに食べた。
「何か載ってたの?」
「いや、べつに。ぼぅっとしてただけ」
「ふうん・・・」
健一は黙々と食べた。朝食をすませると、歯を磨き、顔を洗い、身支度を整えた。「今朝は早いの?」
「何で?」
「だって、もう行く用意済ましちゃってるから」
「ああ、たまたま早く終わっただけや」
「ふうん」
「じゃ、行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
健一は、できるだけゆっくりと玄関を出た。少し歩いて、家が見えなくなる所で、小さく、長い息をついた。みつと少しの時間、携帯で話をしただけで、とても大それた事をした気持ちになっていた健一にとって、今朝は面接のような緊張感があった。いつものように、それが意識するとどれだけ難しいかを痛感した朝だった。
「俺は浮気できない男やろうな・・・」
自嘲気味につぶやくのだった。

第6章 2 投稿日:2005/01/12(Wed) 00:00 No.49 
美津子は、電話を切った後もなかなか寝付けなかった。にもかかわらず、翌日はいつもよりも早く目覚めた。思いのほか、眠気は感じない。
「はぁ・・・」
洗面台の前で、軽く息をつく。昨日の事が、まだ信じられない。
Kさんとしゃべった・・・そんなことって、起こるんだ・・・。
もちろん、チャットで知り合った人と実際にしゃべった事などない。しかも、相手は、Kさんだ。
思っていたより、若い、爽やかな声だった。その声を発する口は、そして顔は、姿は・・・。
美津子は、思いが膨らんでいった。
明日も、電話かけてきてくれるかな?なんてね・・・もう高校生じゃあるまいし。もう三十路のおばさんじゃない・・・。
でも・・・会えたらいいよね、なんて・・・。

健一が家を出た後、麻子はリビングのソファにもたれて、首をかしげていた。
確かに、凛が産まれてから、めっきり会話が減ったように思う。でも、今朝は、何か様子がおかしい・・・。
浮気?!・・・まさかね。そんな大それた事が出来る人じゃないわ。
でも、私にかまわないのは、何で?男って、そんなもんなん?家事をして、育児をすれば、それでいいの?それが健一さんの求めてる事なん?
別に、エッチしてくれ、ってことじゃない。そうじゃなくて、今の健一さんは、私が必要、という風に見えない・・・私が必要じゃないの?
それとも、私一人が考えすぎで、案外、健一さんは何も考えてないのかもしれない・・・。
何考えてんだろ。凛ちゃん、泣いてるじゃない。おお、よしよし・・・。

第6章 3 投稿日:2005/01/13(Thu) 00:00 No.50 
「もしもし」
「もしもし。あ、Kさん?」
「うん」
「今日もかけてくれたんや」
「ああ」
「うれしい」
こんな声の調子で言われたのは、いつ以来だろう。初めてかもしれない。若い頃のようだ・・・って、そんなことを考えるのは、おっさんになった証拠やな・・・。
「何笑ってるの?」
「いや、みつが若くていいなあって思って」
「なにゆうてるの〜、もう30やで」
「俺より若いやん」
「同じ30代でしょ。Kさんも若いって」
「いや、顔見たら驚くで。おっさんやから」
「見たことないのに、そんなんわからんわ」
「でも、みつはかわいいやろ、きっと」
「しらんでぇ〜、見たらビックリするで〜」
二人とも笑った。健一は家族を起こさないように声は控えめであるが、気持ちのいい笑いだった。

第6章 4 投稿日:2005/01/14(Fri) 00:00 No.51 
健一は、携帯を見て、ふと気がついた。
「今月の携帯代・・・」
毎月、俺の口座から引き落とされるが、その明細は麻子が先に見るのは間違いない。通信記録は残らないから大丈夫としても、あまりに金額が高いと、仕事がかさんで、という言い訳は通用しない。

「メールしてる?」
「え?ま、してるけど・・・」
「けど、何?」
「あまりメール好きちゃうねん」
「へえ、なんで?」
「返事がすぐに来ないと、イライラするって言うか、寂しいって言うか・・・」
「なるほどなあ。繊細なんやなぁ」
「いや、そんなことないけど。それより、メールがどうしたん?」
健一は、少し迷った。
「携帯代がかかると、嫁さんに怒られるから」
正確に言うと、本当は違う。この状況を麻子に知られたくないからだ。そして、それを言えない自分が嫌だった。こっちは非通知なんだから、こっちがかけるしかない。しかも、そんな状況にしたのは俺だ。
「そうなんだ・・・」
「あ、ゴメン。用事。後でかけなおすわ」
「あ、はい。それじゃまた」
健一は携帯を切った。

第6章 5 投稿日:2005/01/16(Sun) 12:55 No.52 
「どうしたんだろう・・・」
美津子は、首をひねった。携帯代がかかると、嫁さんに怒られる・・・そんなにかけさせてたのかな?
でも、こっちからはかけようがない。それも、無理のない話だと思った。そりゃ、得体の知れない相手だもん。警戒するのも無理はない。しかも、Kは妻子持ちだ。
いや、携帯代がかかると、誰に電話してたの!ってことになるのかもしれない。奥さんに私の事がばれたら、どうなるんだろう?あまり気にしないのか、夫婦喧嘩になるのか、私に文句を言ってくるのか・・・想像がつかないなあ。

でも、しょせん、そういう表に出せない存在なんだ・・・。

今度かかってきたら、メルアド教えよう。それでKの負担が減るのなら・・・。
電話がかかってきた。携帯の画面を見て、驚いた。0901・・・見覚えのない番号、もちろんアドレス帳にない・・・もしかして!
「もしもし」
「ごめんね、待たせて」
Kの声だった。
「あの・・・番号・・・」
「うん。切った後、しばらく考えてて・・・」
そうか。用事って、このことだったのか。
「何か、自分が都合のええようにしてたことに嫌気がさしてさ」
「え?何が?」
「番号を非通知にしてたり、携帯代がかさむから、メールにしようとしたり・・・」
「え、そんなん、しゃあないやん。何も思わへんよ」
「いや、自分のことがずるいって、思ってん。だから、番号通知した」
Kさんらしい、と思った。そんなKの態度に、美津子は、胸がキュッと締め付けられるような感じを覚えた。
「・・・ありがとう」
「いや、礼を言われるような事、してへんよ」
「あの、こっちから電話してもいいの?」
「でなきゃ、番号教えへんよ」
「あ、そうか」
二人は笑った。

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