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感染
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第12章 1 投稿日:2005/07/22(Fri) 23:07 No.108 
住宅街の中、少しうっそうとした茂みの中にその墓地はあった。
石碑に水をかける音が響く。線香に火をつけて、供えた。

目を開いた時、麻子の頭に健一の顔が浮かんだ。
お母さん。最近、不安なんです。お母さんも、同じ思いでいたのでしょうね・・・。
麻子の両親は、麻子が小学生の時に離婚していた。その後、母と暮らしていた。健一と結婚することが決まった時、泣いて喜んでいた。
しかし、孫を抱く事もなく、ガンで他界してしまった。
麻子は思った。あの時、お父さんが他の女性に走らなかったら、今も二人は一緒に暮らしていて、病気になる事もなく凛を抱っこしてくれたのかもしれない。
もちろん、母の病気と結びつけるのはおかしいのかもしれない。でも、女手一つで育てる苦労が、母の体を少しずつ弱らせていったような気がしてしかたがないのだ。

今まで、何度か不安に思った事がある。会話がない、夫婦生活がない、そんなことはどこの家庭でもあるのかもしれない。でも、最近、何か胸騒ぎがして仕方がないのだ。携帯を見るときのちょっとした表情、家に帰ってきたときのちょっとした表情ひとつひとつが、最近違う。
いっそのこと、聞いてしまえたら楽なんだけど・・・。でも、父と健一さんは違う、と思い続けてきた。
でも・・・もし、裏切られてるとしたら・・・母と同じ様に、私もなるの?
考えたくもない想像だった。

第12章 2 投稿日:2005/07/29(Fri) 23:56 No.109 
次、いつ会おうか・・・。
健一は、手帳を見ながら、考えていた。
なかなかいい日が見つからない。それが今の健一の一番の悩みだった。
住んでる所は大阪だが、勤めは奈良、彼女は神戸で、会うのに時間がかかること、そうそう年休は取れないこと、そして、なにより、秘密にしておかなくてはいけないこと・・・。

麻子と凛の寝顔を見ながら、健一は思っていた。
別に、嫌いになったわけではない。ただ、俺じゃなくてもいいんじゃないの?二人を見てると、そういう思いに支配されてしまう。
俺は、そうやって一生を過ごしたくはないんだ。俺を必要としてくれる相手の期待に応えたいんだよ。

でも、離婚してみつと一緒に暮らしたいか?と考えると、正直、今は考えられない。でも、将来的に可能性は否定できない。
ただ、それをみつに言ってしまうと、彼女を苦しめるだけのような気もする。彼女だって、結婚して、家庭をもちたいと考えている。
家庭・・・こんな家庭か?
健一は苦笑した。

第12章 3 投稿日:2005/07/30(Sat) 23:47 No.110 
美津子は、手帳を見つめていた。
一つは、Kと会った日の事を思い返していた。事情が事情なので、そう頻繁には会えないけど、月に2回くらいは会って、その都度体を重ねていた。その事を思うと恥ずかしいのだが、喜びを感じている自分もいた。
そして、もう一つは、これからの事を考えていた。こうやってKと会うのは嬉しいのだが、それがいつまで続くのだろうか、と考えると、先の見えないトンネルに迷い込んだような心境になった。
このままでいいのだろうか・・・。
Kはどうしたいのだろうか・・・。
私は・・・そりゃ、できる事なら、一緒になりたいけど、Kさんに奥さんと離婚する意思はあるのだろうか・・・。
でも、それをKさんに求めてしまうと、Kさんが苦しむのは目に見えている。きっと、Kさんも悩んでいるのだろう。
はぁ・・・どうして、奥さんより先にKさんと出会わなかったのだろう。そうしたら、私はKさんと・・・。
やめよう。こんな想像。
うう・・・ダイエットのせいかなぁ・・・悩みすぎてるのかなぁ・・・胃が気持ち悪い・・・なんか、お腹が空いてるのか、いっぱいなのか、よくわかんないなあ・・・吐き気もするなあ・・・。
は、吐き気?えっ・・・えっと、えっと、前に生理が来たのは・・・えっと、確か・・・。
美津子は手帳を見て、ぞっとした。10日近く遅れている・・・。
そんなに順調な方じゃないから、気にしてはいなかったけど、生理直前の体の感じじゃない。
ま、まさかね・・・まさかね・・・。

第12章 4 投稿日:2005/07/31(Sun) 11:41 No.111 
それから3日が過ぎた。まだ生理が来なかった。
学校は文化祭も過ぎ、受験ムードも高まってきて、校内全体が落ち着いてきたというのに、図書室で一人いらいら落ちつかない美津子だった。
どうにも胃の調子が悪いし、体はだるいし・・・。

やっぱり、そうなのかなぁ・・・。
毎回避妊はしてるはずなんだけど、それも完全なものじゃないしなあ。
あと一週間もたてば、検査薬でも調べられるはずだけど・・・。
どうしよう・・・どうしたらいいの?
やっぱり、一人で育てないといけないの?シングルマザーになるの?
それとも、堕ろせばいいの?えぇ?!・・・えぇ?!
と、とにかく、誰かに相談しないと・・・だ、誰に?
親には言えないし・・・やっぱり、彼に聞かないと・・・。

健一の携帯がなった。着信を見て驚いた。みつからだった。こんな昼間に電話してくるなんて・・・どうしたんだろう?
「はい」
健一は手で口元を隠しながら、部屋を出た。会議室に行けば、誰も来ないだろう。
「あの・・・ごめんね。こんな時間に・・・」
「どうしたの?」
「・・・どうしたらいいのかわからなくて・・・」
「何が?」
「先月から・・・まだ来ないの」
健一は、一瞬、何の事だかわからなかった。だが、気がつくと共に、事の重大さに顔の血の気が引いていくような気がした。

のっぽさんファン♪ > 『感染』愛読者の一人です。
しばらく更新されていませんね… 書き続けるって事は容易ではないことは私も重々承知しております。
でもねっ、続きが待ち遠しいぃ〜〜^^;
一日も早い更新を求むっ。。。m(_"_)m ペコリ (笑)
まだまだ暑い日が続いていそうですが、お身体ご自愛くださいませ。。。(*^-゜)⌒☆
(8/25-09:18)
No.112

第12章 5 投稿日:2005/09/01(Thu) 23:41 No.113 
健一は、昼休み、市役所の屋上で風景を眺めていた。秋とはいえ、まだまだ屋内のエアコンが効いてるので、屋上に来る人間は、そう多くない。
ここ数日、どう過ごしていたのか、思い出せない。もちろん、朝起きて家を出て、市役所で仕事をしているのは分かっているが、誰とどんな会話をしたとか、どんなことを考えていたのか、まるで思い出せない。
言い換えれば、何も考えてなかったのかもしれない。
みつ・・・俺の子どもを・・・?
健一は、力なく息をついた。
麻子が身ごもった時と、みつが身ごもった時と、同じように女性に子どもが宿るという現象に対して、こうも感情が違うなんてな・・・。
でも、たまたまみつの思い過ごしで、明日にも生理が来るかもしれない。
自分に言い聞かせてるみたいだな・・・。

もうそろそろ、検査薬で調べられる時期よね・・・。
みつは、ドラッグストアで買った妊娠検査薬の封を開けた。へぇ、結構大きいものなんだなあ・・・ここに、おしっこをかけるんだ・・・。
妊娠してませんように・・・してませんように・・・でも、もし、妊娠してたら・・・私、悲しいかな?
どうだろう・・・案外、嬉しいのかも・・・もしかして、これをきっかけに、Kさんと・・・ははっ、何考えてんだか。
みつは、トイレに入った。

第12章 6 投稿日:2005/09/06(Tue) 00:10 No.114 
トイレから出てきた美津子は、検査薬の窓をしばらく凝視していた。あぶりだしをしているような気持ちで眺めていた。ただ、それは出て欲しくないあぶりだしだった。いや、案外本音は・・・。

数分後、検査薬の窓から、スッと赤いラインが一本表れた・・・。

あ、やっぱり・・・出来てたんだ・・・。
美津子は自分のおなかをさすった。

このことを早くあの人に伝えないと・・・。
でも、Kはどんな反応するのだろう?正直、困るんだろうなあ・・・。離婚する、とは言ってなかったからなぁ・・・。
でも、ここには彼の子が宿ってる。それは事実。

やっぱり、結婚したいなあ・・・。

でも、言えないなあ・・・。

いや、言わないと・・・。

第12章 7 投稿日:2005/09/06(Tue) 23:43 No.115 
昼休み、健一の携帯が鳴った。出張が少ない仕事なので、昼間に電話がかかる事は、そう多くない。健一は、胸騒ぎがした。
やはり、電話はみつからだった。
健一は、ゆっくり食堂から出て、廊下を歩き出した。
「もしもし」
「あたし・・・今、大丈夫?」
「大丈夫だよ。どうしたの?」
健一は、祈るような思いで、みつの言葉を待った。来たよ、大丈夫だったよ、ってみつの明るい声を想像しながら・・・。
「やっぱり、出来てた」
一瞬、頭がかち割られるような衝撃を受けた。一縷の望みが絶たれてしまった。
「えと、あの、それって・・・」
「昨日ね、検査薬で調べてみたら、陽性だった」
「病院には?」
「まだ行ってない」
「どうするの?」
「行かない訳にもいかないと思う・・・」
健一は、言葉にならないような言葉を電話口で発していた。他人の子どもの可能性も疑えばあるのだが、まず、俺の子どもだろうな、と思った。みつはそんなことが出来る女ではない。
ただ、結婚を迫られるかもしれない、と健一は思った。そう思うと、何かに迫られるような恐怖感と圧迫感を感じていた。
麻子と凛を捨てて、みつのもとへ行く・・・一緒に暮らす事はそれほど難しい想像ではなかった。でも、麻子への慰謝料、凛の養育費、世間の目・・・それに、俺はそうまでして麻子と別れたいのか?
健一は考えが広がって、まとめる事ができなかった。
どれくらい沈黙が続いただろうか。実際は30秒もなかっただろうが、いつ終ると知れない茨の道を歩いていた。
すると、みつの声が携帯から流れてきた。

第12章 8 投稿日:2005/09/09(Fri) 00:01 No.116 
「あのね・・・心配しなくていいよ」
「えっ?」
「Kさんに迷惑はかけないから」

携帯を切った後、健一はその意味を考えていた。迷惑をかけない・・・どういうことなんだろう?
普通に考えたら、シングルマザーか、堕ろすかだろう。でも、本当にそうなるのだろうか?だとすれば、あまりにも自分に都合が良すぎる・・・。
だが、正直なところ、ほっとしている自分もいた。

あの時、あの間に耐えられなかった・・・美津子はそう考えていた。やっぱり、Kは家族を捨てられないなあ、と思う。
おなかをさすりながら、子どもの行く末を思い浮かべてみた。母子家庭だなあ・・・。
そう思った途端、涙が溢れてきた。何かしら、やりきれない思いで一杯になった。それが後悔なのか、因果応報なのか、寂しさなのか、憎しみなのか、悔しさなのか、美津子には自分の感情を分析する冷静さはなかった。

あんなこと、言わなきゃよかった・・・。

美津子は、思ってはいけなかった思いに気づいてしまった。

第12章 9 投稿日:2005/09/10(Sat) 00:00 No.117 
あれから、健一はみつに連絡を取れずにいた。みつからも連絡がなかった。気にはなっているものの、かける言葉が思い浮かばなかったからだ。
罪悪感もあった。でも、お互いが求めた結果だし・・・。
そんな葛藤が、かえって距離を遠ざけていた。

メール来ないな・・・
美津子は携帯を見ながら、息をついた。部屋で一人、息をつく音が響くようだった。
このままじゃ、やり逃げじゃない・・・自分の思いついた言葉の激しさに、笑ってしまった。
妊娠をした女性は、どんな気持ちになるんだろう?愛する人と結ばれて、一緒に暮らして、幸せを共有する・・・普通、そうだよね。
美津子は、自分自身の肩を抱いた。寒かったのは、気温のせいだけではなかった。

あ、メール・・・。
みつからだった。2週間はたっただろうか。久しぶりだなあ、と思った。
嬉しいものの、怖い気がした。メールの内容が予想できなかったからかもしれない。

『よかったら、家に遊びに来ませんか?』
自宅・・・?意外な内容だった。
健一は、メールの返事に困っていた。

第12章 10 投稿日:2005/09/12(Mon) 23:34 No.118 
『よかったら、家に遊びに来ませんか?』
どういうつもりなんだろう?健一は、その意図を図りかねていた。
みつの家に興味もあるし、その後のみつの体も気になる。
会って、大事な話でもあるのかもしれない・・・。

「あっ・・・」
Kさんからのメールだ・・・開いてみよう・・・。
『わかりました。お言葉に甘えて。どうしたらいい?』
よかった。

美津子は、ゆっくりと部屋を片付け始めた。
Kさんは、遊びに来る、といった気楽な気分ではないかもしれない。
もしかしたら、お腹の子どもについて、残酷な話をされるかもしれない。
でも、私は、Kさんを家に呼んだ。
それは、きっと、ここに一人でいることが耐えられないからかもしれない。

残業、ということにして、早めに仕事を切り上げて、みつの家に行くことにした。
家は神戸の方にあった。意外と神戸って近いことに気づいた。
三宮で降りて、10分ほど歩いたところに、みつのマンションがあった。
家賃高そうだなあ、とくだらない事を考えていた。
2階なので、階段を上っていくことにした。
みつの部屋の前に立ち、呼び鈴を押した。

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