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感染
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第1章 1 投稿日:2004/09/04(Sat) 22:25 No.1 
高梨健一は、家の鍵を開けた。
真っ暗なその家の電気をつけ、スーツを脱いだ。ため息一つつき、シャワーを浴びる準備をした。脱衣所で自分の体を見て、
「太ったなあ・・・」
と、つぶやき、浴室に入った。

シャワーから上がると、冷蔵庫から発泡酒を取り出し、寝室へ向かった。その様子を、リビングの写真立てが見つめている。
その写真には、健一本人と、妻、長男が写っている。写真に写っている妻のおなかはかなり大きい。

寝室に入った健一は、パソコンの電源を入れた。
起動後に、インターネットエクスプローラをクリックし、ヤフーのトピックスを一通り見終わった後、お気に入りをクリックした。そう多くない項目の中から、「健一」のフォルダを開いた。仕事関係のホームページの名前が続く。その中の一つをクリックした。

健一の仕事には似つかわしい画面が現れた。チャットのホームページである。慣れた手つきで入室をクリックした。


第1章 2 投稿日:2004/09/05(Sun) 22:25 No.2 
 K:こんばんは>おーる
健一は、チャットに参加している面々にあいさつをした。
 貧乏人:こんばんは>K
 みつ:こん!>Kさん
 とーち:よう>K
いずれも、ここで会う、いわゆる常連と呼ばれる面々だ。もちろん、顔も名前も知らない。
 とーち:奥さんは?>K
ふられてしまった健一は、すかさず答えた。
 K:もちろん、早々に寝てるよ。子どもといっしょに>とーち
 みつ:いや〜、かわいい〜。川の字?>Kさん
 K:そんなええもんやないよ>みつ
 貧乏人:でも、夫婦仲良しの証拠(笑)
 K:ほんとにそうだか。もう夫婦じゃないし(笑)
あわててみつが返信した。
 みつ:離婚したの?いまはやりの、同居離婚?!
 K:ああ、ちがうちがう(笑)もう男と女っていう感じじゃなくなってる、って   こと>みつ
もともと、チャットに入室したきっかけは、そんなところから始まっている。

第1章 3 投稿日:2004/10/25(Mon) 22:50 No.3 
 とーち:ふーん。そんなもんかね>K
 K:結婚生活への夢を壊した?>とーち
 みつ:壊してる、壊してる(笑)>Kさん
 とーち:結婚生活って、どんなんですか?>貧乏人
 貧乏人:俺に聞くな(笑)
これといって特に意味はなく、時間つぶしの要素があるのかもしれない。でも、健一にとって、妻子が寝静まった部屋で一人過ごすのにちょうどいい『世間話』であった。

市役所の福祉部の配置転換の中に、麻子がいた。飲み会で親しくなった二人は、2年後に結婚した。33歳と29歳、結婚適齢期といわれる年齢である。
それから2年後に娘が産まれた。

第1章 4 投稿日:2004/10/26(Tue) 22:26 No.4 
「ただいま」
「おかえり」
玄関に入ると、娘を抱っこしている麻子がソファに座っていた。
「ご飯、そこにおいてあるから」
「ああ」
健一は冷たいいすに腰掛けて、夕飯を食べ始めた。
麻子はテレビを見ながら、娘の頭の位置を左から右に変えた。テレビに反応して、時々笑い声を上げる。健一はそれに反応することなく、黙々と夕飯を食べている。

娘が泣き始めた。
おぉっとっと、よしよしよし・・・・・
麻子が、シャツをまくりあげて、お乳をあげ始めた。
娘が泣き止み、がむしゃらに母乳を飲む。健一の箸が、茶碗に当たって乾いた音を立てた。テレビのにぎやかな音が部屋に響いている。

第1章 5 投稿日:2004/10/28(Thu) 22:49 No.5 
夕食を終えた健一は、麻子がさっきまでいたソファにもたれて、テレビを見ていた。娘を寝かしつけた麻子は、風呂に入っていた。それが、娘が産まれてからの習慣になっていた。いつ娘が起きて泣き出すかわからないので、夫婦が一緒にお風呂へ入ることはない。

麻子が風呂から上がると、無言で健一が交代で風呂に入る。少しでもガス代を節約するために、麻子が上がるとすぐに風呂に入ることになっている。
湯船につかって、健一は、ふぅ、と息をつき、手短に体を洗って風呂から上がった。

寝室に行くと、麻子と娘はすでに寝ていた。

寝室の端にある机の上の電気をつけた。暗闇の中からデスクトップのパソコンが浮かび上がってくる。パソコンの電源を入れる。程なくして、慣れた手つきでマウスを動かし始めた。

第2章 1 投稿日:2004/10/31(Sun) 12:37 No.6 
太田美津子は、背中にリュック、コンビニの袋を左手に持ち、家路を急いでいた。マンションの鍵を開け、部屋の電気をつけた。
「掃除しないとね・・・」
そうつぶやいた美津子は、カーペットの上に座り、コンビニの袋からおにぎりとサラダを出し、食べ始めた。
テレビの電源を入れた。これといって欠かさず見ている番組はやっていないが、チャンネルを変えているうちに、なんとなく決めた番組をそのまま見ていた。
「あ、お風呂にお湯ためるの忘れた・・・」
また、風呂に入るのが遅くなる・・・美津子は、自分の、この気のつかなさが嫌だった。さらに、そんなことに気が滅入っている自分の性格も嫌だった。


第2章 2 投稿日:2004/11/01(Mon) 22:31 No.7 
風呂から上がった美津子は、肩まで伸びた髪にドライヤーをあて、しっかりと乾かしていた。
それが終わると、パソコンの電源を入れ、メールの確認をした。最近は携帯のメールの方が件数が多く、パソコンにメールが来ることは減っていた。
「今日はメールなしか・・・」
美津子は、すばやくウインドウを閉じて、ネットにつないだ。
ヤフーのニュースを一通り読んだ後、お気に入りを開き、チャットにクリックをする。
「今日は誰か来てるのかな・・・」
チャットの参加者一覧をクリックする。
「あ、いない・・・」
『大人チャット』と名がついているその部屋に、参加者はいなかった。どうしようかな・・・少し考えて、チャットに参加する、をクリックした。
『みつさん、いらっしゃい』と、画面に表示された。

のり > 何をおっしゃる、のっぽ巨匠^^ 再開を待ち望んでいた読者のひとりとして、大変嬉しくおもっとります^^ いつも、展開が見えなくて、楽しみ〜^^ うちの読者、取らない程度にお願いします(笑) (11/2-00:09) No.8

第2章 3 投稿日:2004/11/03(Wed) 10:16 No.9 
「あ、みつ、来てる・・・」
健一は、参加者にみつがいるのを見つけた。
「ん?独り言打ってるな・・・」
画面を少しスクロールさせて、読むことにした。

こんばんは。今夜も仕事でお疲れ気味です(笑)。
最近の高校生は全く!
家帰ってからも、風呂の湯をため忘れて、
遅くなってしまった・・・ぐすん(涙)

「いろいろあるんやな・・・」
健一は、みつの日常に思いを馳せた。神戸の司書教諭とかいってたっけ。高校生も大変なんやろうなあ・・・
ふっ、と健一は笑った。大変なのは、高校生だけじゃない。大人も同じだ。市民課ほど人は来ないが、生活保護の申請に来る人間の中に、どれだけ態度のでかいやつが来る事か・・・
一緒、一緒。お互い、大変だ。

ほどなくして、健一はクリックした。
『Kさん、いらっしゃい』と画面に表示された。

第2章 4 投稿日:2004/11/04(Thu) 23:03 No.10 
K:こんばんは
みつ:あ、こんばんは〜♪
K:邪魔した?(笑)
みつ:何言ってんの(笑)
K:いろいろ大変だね
みつ:そうなのよ〜!!!

健一は、みつの愚痴の聞き役になった。そんな役回りになるのは、正直、悪い気はしなかった。
もちろん、顔も名前も知らないので、苦労している様子を思い浮かべるのは大変である。背格好も、声もわからない。ただ、真面目に仕事に取り組んでいて、本好きな女の子が高校生の扱いに手を焼いている、という一般的な図を思い浮かべるだけだ。
それでも、十分、人の役に立っていれば、嬉しさも沸く。

気がつけば、午前1時になっていた。あ、しまった・・・明日も寝不足だ・・・。健一は、慌てて挨拶をして、落ちた。ふと、ベッドに目をやると、麻子が娘と同じベッドで寝ていた。娘をベビーベッドに運ぼうとしたとたん、泣き出してしまった。麻子は、目を覚まさない。仕方なく、泣き止み眠るまで抱っこをする覚悟を決めた。

第2章 5 投稿日:2004/11/07(Sun) 15:51 No.11 
「今夜も入るの?」
麻子が、抱っこしている娘の顔を見ながら、言った。
「うん」
健一は、パソコンの画面をみながら、答えた。
「ふうん・・・」
そう言いながら、麻子は娘をベビーベッドに寝かせた。
「何してるの?いつも」
「うん・・・いろいろ」
「・・・ふうん・・・」
健一の答えに、麻子はなんとなくあいづちを打った。
「昨日も、凛ちゃん、泣いてたんでしょ?眠くないの?」
「・・・・・まあ、もうすぐ寝るし・・・」
麻子は、ふっ、と息をついた。
「なんか、中毒みたいよね。おやすみ」
そういうと、布団をかぶって、向こうむきになって、寝てしまった。
捨て台詞のように言い放ったな、あいつ・・・
健一は、向こうをむいた嫁の姿を一瞥して、またパソコンに向かった。

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