俺に彼女が出来た、彼女が出来た、彼女が出来た・・・
そうもてない俺にとって、画期的な出来事だった。
頭の中で、何回、「彼女が出来た」を繰り返した事か。

大事にしよう。まあ、とにかく、素直に生きよう。
柄にもなく、殊勝な事を考えていた。

「おう」
「おはよう」
偶然、彼女と同じ電車になった。隣同士に座って、話をしていた。
「明日香の予定は？」
「今日はね、２コマ目が休講になったから、１コマだけ。聡は？」
「俺は元から１コマだけやから、クラブが始まるまでは空いてるわ」
「じゃ、１コマ目が終わったら、待ち合わせしよっか？」
「そやな、じゃ、１コマ目が終わったら、学食で」
「ＯＫ」
大事にしよう、大事にしよう、大事にしよう・・・
頭の中で、繰り返していた。

「付き合ってんか？」
河原にそう聞かれ、
「まあな」
と、さりげなく答えた。あんまり浮かれて答えるのも嫌というか、照れくさかったからだ。
「よかったなあ」
「まあな」
「やっとできたな」
「うるさい」

１２月に入って、寒さも本格的になってきた。だが、俺は気温とは関係なく、毎日ポカポカしていた。浮かれていた、と言った方がいいのかもしれない。毎日おててつないでご登校、なんてことはしないが、週に何回かは約束して、待ち合わせをしていた。それが昼飯だったり、帰り道だったり。途中で喫茶店による事もあるし、本屋やＣＤショップ、女の子が好きそうな雑貨の店に行く事もあった。特に、梅田というところは、そういった店が多いところだ。

そんなデートみたいな事を続けていたある日、偶然、彼女に会った。大学で会うのは普通の事だが、それが体育館裏だったのが、不思議だった。こっちはクラブの関係で、体育館を歩いているのは、日常の事だが。
体育館裏で一人でたたずんでいた彼女に、俺は声をかけた。

「どうしたん？こんなとこで」
「ああ、聡」
「珍しいやんか。あんまりこんなとこ、来えへんやろ？」
「あっ、そうか・・・」
「えっ？」
「ちょっと、ついて来て」
言われるままに、俺は彼女の後をついて行った。
「実はね、最近、この辺を歩く事、多いんだよ」
「何で？」
体育館裏を歩いていくと、木が何本か生えている植え込みに来た。道幅もあり、日が当たるところとはいえ、そんなに明るい印象はない。ここを歩くと遠回りになる事もあるし、この植え込みが、結構うっそうとしているのも原因の一つだろう。
「ここでね、聡の事見てたんだよ」
「えっ？！そうなん？全然気ぃつかんかったわ」
「だろうね。クラブ、一生懸命、してたもん」
「そんなとこ、見てたん？」
「そう。クラブしてるとこ」
その植え込みの中から、体育館を見た。確かに、中の様子が良く見えるし、きっと、中からは気がつかないだろう。
ふと、彼女の方を向き直った。植え込みは、木が大きく密集していて、空きスペースが少ない。意外に彼女の顔が近くにあって、驚いた。そして、見つめ合ってしまった。

俺と彼女の身長差が１５センチ、顔と顔との距離は３０センチもないだろうか・・・

ど、どうしよう・・・
その時に思った、正直な感想だった。とにかく、彼女の目を見つめ、何を考えているのか、わかろうと思った。
彼女も、こっちをじっと見つめたままだ。向こうにとっても、いきなりここで目をつむったんじゃ、キスを催促してるみたいで嫌なんだろうなぁ、と思った。

ほんの数秒の間に、それだけのことをとっさに考えた。そして、意を決して、彼女の両肩に両手を添えて、引き寄せた。彼女の体は少し硬直していたが、ふと力が抜けたように感じた。

俺が顔を近づけた。彼女が目を閉じた。

お互いの唇が、ほんの少し触れた。とても柔らかい感触だった。シャンプーのにおいだろうか、化粧の香りだろうか、ほのかに甘い香りがした。

彼女が目をあけ、再び見つめ合ってしまった。ますます照れくさく、恥ずかしいような気持ちになっていた。

連載５０回突破記念　これまでのあらすじです。今から全部読むのがおっくうな人、これを読んで、「すべ電」の続きを読もう！

斎藤聡は、高校時代の同級生で、東京の大学２回生の遠藤正二の後輩、辰巳直子と同じ大学に進むことになってから、彼女の存在が気になり始めたが、直子は正二との遠距離恋愛を選ぶ。

大学では、同じバトミントン部で、同じ理学部の河原ら体育会の野郎どもとつるむ仲間の紅一点、クラブに入っていない清水真知子に違う大学の彼氏が出来るが、１年で別れてしまう。傷心の真知子を見て、聡は何とかしてやりたい気持ちにかられ、それがいつしか恋心に。しかし、それも思いは通じず。

その頃、聡と同じ授業で隣同士になった、真知子のバイト仲間、田中明日香と親しくなり、好意を持たれる。それはいつしか聡にも伝わり、いい雰囲気に。付き合うことになった二人は、体育館の裏で・・・。

さあ、この幸せな二人のノロケ話でこの小説は終わるのか？それとも波乱が起こるのか？
追記　私の実体験を元にはしてますが、フィクションです。フィクションだってば〜。

「もうわかったって！」
清水真知子は半ばあきれたように言った。
「ははははは」
俺は笑ってそう言った。
「何回もキスの話をされたんじゃ、こっちもたまったもんやないわ！」
怒られてしまった。
しゃあないやん。誰かに聞いて欲しいもん。しかも、他の理学部仲間や、バドミントン部仲間じゃ、彼女の事、知らないんだもん。
ということで、バイト仲間でよく知ってる真知子に白羽の矢が刺さったというわけである。
「おかげでなあ、しばらくコーヒー飲まれへんかってんで！」

というのも、あれから、俺たちはキスを何度かしている。その時に、彼女が飲んでいた缶コーヒーの味がした、みたいな話を清水にしていたからだ。
「悪い、悪い」
「ほんまに悪いて思てんか！」
まあ、許してくれ。こんなことを話せるなんて、俺には初めてのことやから。堪忍して〜。

もうすぐクリスマスだ。どうやって過ごそう？
ぜいたくな悩みである。当人にとったら真剣な悩みなのに、他の奴が聞いたら、悩めるだけええやないか！となる。だから、他の奴に相談できない。というか、相談にならない。

テレビでは、何ヶ月も前からその日はホテルが予約で一杯だ、という特集が流れていた。もちろん、どんな日であろうと、することは同じなのだからええやないか、とは思うものの、する口実としては、願ってもない日である。

でも、河原の言葉が頭をよぎる。
「猿になってたしな。お前らも気いつけよ」
だよな。体目当てじゃないしな。そら、やりたない、と言えばうそになるけど、でも、そんな時期じゃない。

う〜ん。今からじゃ、主だったイベントや会場は予約で一杯だろうしな〜。普通に、どっか飲みに行くか。

その日、結局、天王寺で飲むことにした。いつもとかわらぬ場所だったせいか、彼女も少しがっかりしたような雰囲気だった。もちろん、彼女はそんなことは言わないけど、そう感じるのは、むしろこちらの負い目だったからかもしれない。

「初詣、どうする？」
彼女から電話がかかってきた。
「そうやなあ、６日くらいで、どう？」
「正月はどっか行くの？」
「いや、うちは親戚が里帰りに来るから、いろいろ相手せなあかんねん」
「ふうん・・・」
彼女はそう言った。
「じゃ、６日でいいの？」
「いいよ」
「じゃ、どこに初詣、行く？」
「橿原神宮、どう？」
「へぇ・・・」
正直、びっくりした。帝塚山だから、住吉大社か、大阪天満宮あたりかと思っていたからだ。まあ、近いとはいえ、今宮戎には行かないだろうとは思ってたけど。
「嫌？」
「そうじゃないよ。ただ、えらい遠くに行くんやなあって」
「やめよか？」
「いや、いいよ。行こう行こう」
そう言って、待ち合わせを決めて、電話を切った。
なんだか、すっきりしなかった。

「まあね」
電話口で、清水真知子がそうあいづちをうった。
「まあ、彼女としては、もっとこうして欲しい！というのはあったんやろけどなあ」
「まあ、しゃあないやん。斎藤君とこの都合もあることやし」
「まあなあ」
その気はなかったのだが、ついつい愚痴を聞いてもらう電話になってしまった。
「まあ、仲良くやりいや。私が彼女をすすめたようなもんやし」
「そうかなあ？」
「少なくとも、初めに紹介したのは私やん」
「まあなあ」
「学祭の時に、明日香ちゃんのことでアドバイスしたのも私やろ？」
「そう言われりゃ、そうかなあ」
なるほどなあ。清水さんは、明日香を紹介したキューピット役、という自負があるのか。
「まあ、仲良くするわ。そっちこそ、はよ男見つけろよ」
「いや、まだええわ」
そして、電話を切った。

前田が所属するバスケットボール部の試合がある、ということで、彼女と２人で応援に行くことにした。
ただでさえ大学スポーツとしてはマイナーで、弱小チームとあって、応援らしい応援はいなかった。我ら２人も、応援というより観戦に近い雰囲気だった。

「今日はありがとうな」
前田が礼の電話を入れてきた。
「いや、別に。一度見たいと思ってたし」
「横におったん、彼女やんな？」
「そうや」
「大丈夫やったん？」
「何が？」
鈍感な性分なのだろう。前田の言ってる意味がわからなかった。
「面白くなかったんちゃうかなあって」
「いや、大丈夫やと思うけど・・・」
「そうか。ベンチで見てて、つまらなそうに見えたから」
ああ、そうか。そのことには気が回ってなかった。「ええよ」って言ってたから、何も考えずに連れてきたからなあ。