第一話 再起 投稿日:2005/11/09(Wed) 15:43 No.3
大陸本土からの長旅を終えた風は、休む間もなく潮の香りをまといながら旅に出た。 オレはそんな彼に森の木の上から手を振って、また怠惰な眠りへと興じる。 半日で一回り出来てしまうこの小さな島での生活は快適で、海の恵みと陽の温もりに満ちた南国の地だった。 島での生活がはじまって、すでに五年が経つ。 潮風に揺られる木の葉の音に耳を傾け、それが止めば波音が耳を楽しませた。 空を泳ぐ雲をしばらく見つめて、頭の後ろに腕を組んでまぶたを下ろす。 もう誰もオレを縛りはしない。 ここで静かに過ごせば、唯一オレを縛る約束も容易いものだった。 なぜなら、誰もオレを知りはしないからだ。 短くも長い逃亡の果ての地。 約束を交わした相手が現れる日を待ちながら、毎日をだらだらと過ごしていた。 来るはずのない相手と知りながらいつまでも―――。 希望の光りとも称される消えた未来を待ちながら、自分がいかに愚かなのかを思い知らされる。 約束にすがり、奇跡よりもはるかに確立の悪い希望を思い描く。 情けのない話だ。 生きる価値のないオレは、今日も一日を無駄にする。 これは五年前の罪に対した償いなのかもしれない。 退屈に押し潰されるという罰。 「今日も平穏でありますように……」 自分への皮肉がたっぷりと詰まったいつもの眠り口上と共に、木の枝にカラダのすべてを預ける。 その時だった。 すさまじい数の足踏みが近づいて来たのは―――。 四年程前には緊張を覚えた音だったが、今では落ち着いて考えることが出来る。 どうも人のものではないようだ。 リズムは人に近いが、少し獣じみている。 そして決定付けるのは臭い。 これは……オークだな。 その推測の先に出る答えは、程なくこの場が危険地帯に変わるということ。 周囲に意識を払い、手持ちの品を確認する。 武器らしい武器はない。 木の実を取るために持っているダガーが一本きり。 あとはポーションが三つに、帰還スクロールが二枚。 いざとなればすぐに安全圏へと飛び立てる。 オレには十分すぎる所持品だ。 確認を終えると同時に真下を駆け抜けて行くのは、やはりオークだった。 数千年も昔に種族戦争で大敗し散り散りとなった存在ではあるが、独自の文化を確立し、その身に合った武具を作って戦う彼らは決して侮れない。 ある地では城を築き、一つの村を呑み込みつつあると聞く。 一体そのオークたちが、血相を変えて何をしようというのか……。 数は優に五十を超えている。 島内外に限った話ではなくかなりの規模だ。 あまり係わりあいにならない方が賢明である話。 そろそろ村へと飛ぶべきかもしれない。 そんなことを考えたとき、耳にしたこともない剣戟が聞こえた。 いくつもの鉄板を同時に叩き割るような、人外の荒業と思わせる音。 その後に続いたのは聞き覚えのあるひどく鈍い砕ける音と、弾ける音だった。 戦場で蔓延する骨と血肉の裂ける悪音だ。 城などの争奪戦とは無縁のこの地では、絶対に耳にすることのない音。 何が起こっているんだ? 疑問は所持品へと伸びた手を止め、オークたちが向かう先に目を向けさせた。 大挙を示す足踏みは止みつつあり、代わりに剣戟が激しさを増すその中心に見えたのは一つの大剣。 声にならない絶命の叫びを作り出す朱に染まった刃。 たった一つだけだ。 そしてまた一振り。 草花でも千切るように剣は敵をなぎ払い、肉の島と血の海を創成する。 壮絶な光景だった。 十分。 その十分は今までの人生の中で最も短く感じた時間だった。 たったそれだけの時を経て、五十を超えるオークの一団は見るに堪えない姿へと変貌させられていたからだ。 まるでそこは異世界だった。 木に打ち付けられたものや千切られたカラダの転がる山の中心で、血染めの甲冑をまとう剣士がそうすることが当たり前であるように腰を下ろして休んでいる。 吟遊詩人が唄う伝説のような……そう、デスナイトを目の当たりにしたような気分だった。 正気の人間の感覚ではあり得ない。 これだけ血の臭いを漂わせた場所で休憩など、普通の神経では考えられない。 血肉の臭いが漂うということはつまり―――。 「人狼族が来るゼ……」 ドキリとした。 彼のそばには誰もいない。 だが、独り言ではないその言葉は、誰かに向けられていたからだ。 ………まさか、そんなハズはない。 そう思うオレに答えるように、剣士は動かなくなったそれを足蹴にしながらハッキリを言う。 「コイツらと違って鼻が利きやがる。今度は高みの見物とは行かないゼ……王子様」 まさかはまさかではなく、オレへと向けられた忠告。 彼への興味が恐怖と入れ代わった瞬間だった。 だが、同時に一つの思いが生まれた瞬間だ。 五年前の約束と、あの日の決意の再起。 オレは―――コイツが欲しい。
戦況は激しさを増すばかりだ。 はじめの人狼族が現れてどれくらいの時が経ったろう? 窮地を知らせる警報連鎖は無限とも言える増援を続け、その数に比例してそれは地に伏してゆく。 剣で斬り、盾で叩き潰す。 森を駆けて死の領域を広げる剣士も、やはり人間であることが見えはじめた。 絶対的な数に圧してはいたが、スタミナの限界を間近に思わせる。 それでも彼は引きはせず、突き進んでいた。 その二つに没頭することで、何かを見出そうとしているように思えた。 死地へと身を投げ、命を拾う。 今に抗うことで、生きる意味を探しているのかもしれない。 最後に残ったライカンスロープ。 彼の盾は振りかぶられたクラブを叩き飛ばし、剣先は胸を捕らえた。 誰もが勝負が見えたと思っただろう。 だが次の瞬間には剣士の手に一本の矢が突き刺さり、大剣は血の海を泳いでいた。 矢の放ち手はオレの真下にいた一匹のオーク。 同族の死の山の中で、一矢報いる機会を窺っていたのだ。 その勝機を生かし、ライカンスロープは間髪をいれずに喰らい付く。 牙は腕の自由を奪い、籠手を砕いて血を滴らせる。 不意の事態と痛みの怯みが転がる剣との距離を生み、しがみつかれて盾は役目を失う。 一瞬で戦況は逆転した。 戦いに於いて絶対は存在しない。 そしてオークは第二の矢を弓引く。 一秒半―――。 弓弦の空を切る音の後に絶命の声を上げたのは、ライカンスロープだった。 矢を放ったのはオレ。 戦況は一瞬の判断と行動によって二転三転する。 先ほど弓を構えていたオークは、オレの足元で頭にダガーを刺して眠っていた。 「悪いね、コイツは返すよ」 借りた弓をまだ温もりがしっかりと残るオークに握らせた。
ひーちゃん > 分からんわ^^;こんなん^^; (11/10-09:23) No.4
とっしゅ > ひーちゃんの感想、おもしろい〜。 ボクもあんまり関心のないテーマではあるけど、でも文章はうまいね〜。リズム感がある。 出だしの部分なんか、古〜いSF、光瀬竜の「百億の昼千億の夜」を思い出した。 (11/10-20:16) No.5
R > う〜ん、指輪物語なんぞ連想できて、いいかも(^^) (11/12-23:01) No.6
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