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光と影
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責任@ 投稿日:2009/06/30(Tue) 00:09 No.109 
「・・・大臣が、責任を取って・・・」
ふと、街角で、そんな声が聞こえてきた。
TVからの音だろうか。
博之は音源を確かめかけたが、すぐにやめた。
大臣が辞任。それはそれで大きな出来事なのだろう。
でも、職を失ったわけじゃない。
だいたい、政治家なんて、生活にそう困ってるようにも見えない。
それに、結局は逃げてるだけじゃないのか。
いろんな事をはっきりさせたら、都合の悪い人間が山ほどいるから、
口をつぐんで、表向き責任取ったといって、
安全圏に入るだけだ。

でも、あのじーさん、どうして、仕事を辞めたんだろう?
責任なら、左遷で十分じゃないか。
それとも、やはりそれだけでは足りないという、
じーさんなりの身の処し方なのだろうか。

考えれば考えるほど、わからなくなってきていた。
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偶然F 投稿日:2009/06/25(Thu) 23:34 No.108 
「だってな、ほんまに責任取れるやつが、こんなとこにおるか?」
「いや、でも・・・」
「おらんやろ。そうやねんて」
缶ビールを再びすすりだした。
「おれは、違うと思います」
「はぁ?」
「責任を取ったから、ここにおるんやと思います。それじゃ」
博之は、そう言い放つと、立ち上がって行ってしまった。

「ちゃうねんて・・・」
じーさんはそうつぶやいた。
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偶然E 投稿日:2009/06/25(Thu) 00:32 No.107 
「そんなことないやろ」
「そんなことないやろ、って、お前はわしの何がわかるねん」
少し間を置いて、博之は言った。
「だって、娘さんが言うてたで。会社のええとこまで行ったって」
「あいつ、そんなことまで言うてたんか」
「それに、責任を取るっていうくらいだから、それなりの地位におったってことやろ?」
「・・・」
しばらくの沈黙の後、じーさんが言った。
「とかげのしっぽ切りやな。責任を取らされたんやな」
「じゃあ、責任は取りたくなかった?」
またも沈黙が続く。

「確かにさあ、俺、じーさんのこと、そないに知らんけど、でも、そんな責任を取りたくないような、こすい人間じゃないような気するでぇ」
「かいかぶりすぎや」
じーさんはくすっと歯を見せた。
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偶然D 投稿日:2009/06/23(Tue) 23:32 No.106 
すると、じーさんは突然踵を返した。
「えっ、どこへ行くねん」
「家や」
「ええっ!?」
でも、疑問はすぐに解決した。いつものように座っていた場所に着くと、
そこにドッカと座った。
「ああ・・・そういうこと」
「何となくな、落ち着かんねん」
そういうものなのかな、と博之は思った。

「さっき言うてた話やけどな」
「ああ」
「九州におってんてなあ」
「そうや」
「責任とったんやろ」
「そんなええもんちゃう。失敗や。力がないねん」
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偶然C 投稿日:2008/07/06(Sun) 23:15 No.96 
「ぬるいビールは、やっぱりまずいな」
「そりゃ、そうでしょう」
お互い、ふふっ、と笑った。
「缶ビールなんて、どうやって手に入れたんですか?」
「ああ、これか。珍しいやろ。拾ったんや」
だからぬるいのか。でも、とてもうれしそうに飲んでいた。
「俺なあ、あの後、娘さんとお茶飲んだんや」
「ええ?何でや」
「じーさんのこと、詳しく知りたいって。でも、結局は、じーさんのこれまでの生き方について、話を聞いてただけやけど」
「何やそれは。恥ずかしなあ」
「そんなかっこして、恥ずかしもくそもないやろ」
じーさんは、はっはっはっ、と大きく笑った。
初めて見せた笑顔だった。
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偶然B 投稿日:2008/06/24(Tue) 23:54 No.95 
「どうしてたん、今まで」
じーさんは、ふふ、と笑って、
「どうしたもこうしたも、元々どうもしてない生活やからな」
そりゃそうかもしれないが・・・博之はそう思った。
「あれから、娘さんには会ってへんの?」
「娘!?・・・むすめ、なあ・・・」
「そうや、娘さんやんか」
「会うてへんな」
おっ、と博之は思った。じーさんが、娘と認めたからだ。
「あの時から、分かっててんやろ?」
「まあな」
「じゃ、どうしてそう言わへんの?」
「今さら、どの面で父親やって言えると思う?」
怒ってるわけでもない、でも、投げやりなようでもない。
事実を淡々と語っている、そんな感じだった。
「たとえ、訳があったにせよ、父親は父親やん。言うたったらええやん。
 今さらええカッコも何もないやろ」
「ま、そりゃそうかもしれん」
じーさんは缶ビールを空け、飲み始めた。
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偶然A 投稿日:2008/06/20(Fri) 00:02 No.94 
もしかしたら、今まで気がつかなかっただけで、
以前からそこにいたのかもしれない。
たまたま、じーさんのことについて、たくさん考えていたから、
意識があっただけかもしれない。
ただ、いつもの位置ではなく、少しはなれたところに、
正確に言うと、歩いていた。

「じーさん!」

その浮浪者は、ふと顔をあげた。見覚えのある顔だ。
じーさんだ。
じーさんは、なんとも言えない表情をしていた。
決まりが悪いというのか、懐かしそうというのか、意外と、驚いた表情はしていなかった。
「おお・・・」
心なしか、少しやつれたように見えた。
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偶然@ 投稿日:2008/06/16(Mon) 23:44 No.93 
その日から、いつもの地下道を通るたびに、じーさんのことを思い出していた。
もしいてたら、OLに連絡するためでもあるし、事情を聞きたいというのもあるし・・・でも、理由はそれだけではなかった。
博之はそれが何かを明確につかんではいなかった。
ただ、それだけで済ますわけにはいかない。その思いが彼を支配していた。

だが、やはり、いつもの場所に、じーさんは現れなかった。

今年は記録的猛暑で、という言い回し、毎年聞くなあ、と思っているうちに、秋の気配を感じつつあった。
建物の中では、人が集まるからか、冷房を効かせているが、それが邪魔に感じられるようになって来た。

確実に、時間は過ぎているんだなあ。
博之がいつもの地下街を歩いていても、じーさんを思い出さない時がしばしある。きっと、そういう風に人は忘れていくのだろう。
でも、逆説的に、そう考えているうちは、忘れてはいないのだ。忘れよう、忘れよう、と言ってるうちは忘れられないし、だいぶ忘れてしまっているなあ、と思ってるうちはそれほど忘れてはいない。本当に忘れるということは、忘れていること自体に、気がつかない。
ふと、携帯のアドレス帳を見てみる・・・。
「木下幸子携帯」とあった。ああ、そうだ、あのOLの名前だ・・・。
あれから見つかりましたか?いや、そんなメール、空々しい。
別にナンパしたいわけじゃない。なんだろう・・・暇つぶし?
迷惑な話だ。
久々に、じーさん絡みのことについて、たくさん考えた日だな。
博之はそう考えながら、いつものように地下街を歩いていた。
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発見F 投稿日:2008/06/10(Tue) 23:54 No.92 
2人は喫茶店を出た。
お茶代はOLが出し、メアドと携帯番号を博之に知らせて、別れた。

どうして、じーさんは姿を消して、今の生活を選んだのか・・・。
そのことばかり考えていた。
やはり、出世の道を断たれたのが原因とは考えにくい。じゃ、理由は何だ?
金か?借金苦とか・・・。
家族・・・不倫?まさかね・・・。
まあ、あまりにも情報がないのに、理由を推測するのは到底無理な話だ。

「いろいろ・・・あったのですが・・・なんとか、3年でこっちに戻って来れたんです」
OLの言った言葉・・・『いろいろ』が理由なのか・・・。

でも、もうあのじーさんとは会えないのではないか。博之はそんな気がしてならなかった。
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発見E 投稿日:2008/06/05(Thu) 01:04 No.91 
「父も大変だったと思いますが、母も大変だったんです」
「そりゃ、そうでしょうね・・・」
「いろいろ・・・あったのですが・・・なんとか、3年でこっちに戻って来れたんです」
博之は、OLの言った、『いろいろ』が気になった。きっと、一旦説明しようとしかけたのだろう。でも、思いとどまった。言いたくないのか、でも、こっちが質問したわけではない。話の主導権はOLにあるのだから、話題は自分で決めればいい。ためらった理由・・・。
「その後なんです。父が姿を消したのは・・・」
博之は軽くうなずいたものの、それは話の相槌をうっただけに過ぎなかった。納得したわけではない。
左遷が理由なら、左遷された時点で行方をくらますだろう。本社に戻ったのなら、出世の可能性が増えることになるのではないか。それとも、窓際族か・・・。
でも、やはり、じーさんらしくない。博之はそう思った。
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